代以来の大和絵景物画の伝統に則っていることがわかる。すなわち,本図は単に教理内容を図解的に示した絵ではなく,むしろ四季の変化に恵まれた日本列島に生きた我々の祖先たちの有していた伝統的かつ現実的な自然感覚を如実に反映して作画されたものと考えられる。【第二章寓意的主題】本図の典拠であるところの『往生要集』は畜生道について記すところ少なく,それは本図図様の寓意的主題を知るために必要十分なプレテクストとは云い難い。むしろ,『今昔物語集』などにみられる仏教説話を考察の射程に入れることで,この面からの本図の図様理解は可能となる。すなわち,第一章で巷の景物描とみられたものについて,それぞれ各種の説話を参照することにより,実はそれらは因果応報・輪廻転生といった仏教的無常観を寓意的に示すものであることが理解され得る。また,第一章で言及をしなかった蛙一蛇ー猿一人間一鬼の図様は中国の代表的古典籍『荘子』を典拠とした食物連鎖を意味する図様であること,画面最下段の図様は動物の皇帝たる龍といえども苦を免れ得ないとする『長阿含経』の言説に依拠したものであることが指摘できる。本図の持つ寓意的主題は,我国仏教説話群・中国古典籍・教理経典などの,いわば引用の織物として形成されていることが把握できる。【第三章中世人の動物観そして世界観】本図は畜生道すなわち動物の世界を描くものであるが,しかしそれは人間を除外したいわゆる自然環境を描写したものでは決してなく,むしろ人間を構図の中心に据えて,人間と動物との交わりに主眼をおいて画面構成がなされている。結論的に述べて,本図には人間の動物に対する二重のまなざしが窺われる。すなわち,第一に人間と動物を別個の存在と位置づけ,その上で人間優位主義の視点に立って,人間=支配者,動物=被支配者としてみる日常的な見方。第二に人間と動物の―項対立を曖昧にぼかして,人間と動物が死と輪廻転生の枠組みの中で可逆的にその立場を入れ替え得るとする,両者の相互依存性に注目する仏教的無常観に根ざした見方である。前者のまなざしが動物と人間を優位一劣位の上下関係として世界を捉えるのに対して,後者のまなざしは中心一周縁という平衡関係で世:界を捉えている点に構造上の相違がある。世界に対するこうした二重構造での把握の仕方が本図の内的意味・内容として了解-23
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