⑨ 『青騎士年鑑』と同時代の思想研究者:東京大学大学院人文社会系研究科博士課程田中正之近年,近現代美術史の研究においては,モダニズムの問題が盛んに論じられているが,研究の動向としては,20世紀初頭ではイギリスのロジャー・フライ,アメリカのアルフレッド・バー,戦後ではクレメント・グリンバーグといった批評家,研究者に偏りがちである。しかし,20世紀初頭以来,モダニズムが近現代美術を支える理論として大きな力を持ちえたのは,これらの批評家,研究者の仕事にのみよるのではなく,芸術家自身の著作活動によるところも大きい。「青騎士年鑑」の重要性は,画家たち自身によるモダニズムの表明の最初のものの1つであるという点にあるが,この重要性は今まで見過ごされてきていた。「青騎士年鑑」が,どのような知的枠組みの中から生まれたのかを調査することによって,モダニズムがどのような知的,社会的背景から生まれたのかを知ることができ,その成果はモダニズム研究に非常に大きな寄与をもたらすことができると考える。また,「青騎士年鑑」の美学を同時代のコンテクストに位置づけることによって,その理論をより深く理解することができ,それによってマルク,カンディンスキーらの実際の絵画作品の意味をもう一度読み直すための出発点ともなると考える。⑩ ジョルジョ・デ・キリコとシュルレアリスムの乖離研究者:ふくやま美術館学芸係長谷藤史彦構想理由/この調査研究はデ・キリコの永年にわたる不当な評価の是正のために構想された。デ・キリコは,シュルレアリスムの,とくにアンドレ・ブルトンの視点から,でその全体像が明らかにされたのを機に,新しい視点による評価の環境が整ってきた。イタリアにおいてはファジョーロ・デラルコ氏が膨大な資料を渉猟した研究を発表し,日本においては峯村敏明氏がデ・キリコの評価の不当性を訴えてきた。わたしたちは,それらの成果を踏まえつつ,新たな比較研究を推し進めなければならない。意義・価値/この調査研究は,シュルレアリスムの狙いとデ・キリコの狙いは当初から違っていたことを明らかにした上で,デ・キリコの全体的な芸術観を反前衛主義と1910年代の形而上絵画のみの評価に留まってきた。しかし,1970年のミラノの回顧展-45 _
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