鹿島美術研究 年報第13号
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あり,それが『雪の修道院墓地』で,カシの木立に囲まれた廃墟での礼拝として表わされた。カシの木を建築要素として取り込んだ,自然の要素を伴った建築,あるいは建築を伴った自然は,北方の自然の中で無限に開かれた信仰の場としての風景を形成し,ここに自然そのものを教会とする,画家の態度が表明される。⑫ 弘法大師伝絵の系統的研究研究者:奈良大学文学部助教授塩出貴美子く目的〉本研究は,弘法大師伝を主題とする絵画作品について,より多くの知見を収集し,その展開を明らかにすることを目的とする。く意義〉一つの主題が長い時代にわたって連綿と描き続けられるという例は,「北野天神縁起絵巻」「遊行縁起絵巻」「融通念仏縁起絵巻」のように,社寺縁起あるいは僧伝に多く見られるが,その中では,弘法大師伝関係の研究は立ち後れている観があることを否めない。梅津氏が五系統に分類された後は,いくつかの端本が紹介されることはあったが,ごく一部の作品を除けば,この主題の作品が中心的な絵画研究の場で論じられることは殆どなかったと言えよう。本研究は,このような状況にある弘法大師伝絵の諸作品にスポットを当てるものであり,この点に固有の意義があると思われる。<価値〉弘法大師伝関係の諸作品が,上記の如く,これまで閑却視されてきた原因は,恐らくは稚拙な作風のものが多いといった事情によるものと推測される。しかし,最近紹介した本證寺本のように優れた作風を示す作品も現存する。また,奥書を伴うものも多く,より多くの作品を見い出すことは,中世絵画史に新たな資料を提供する可能性も有している。本研究は,高僧伝絵の展開の一例を明らかにするとともに,このような点にも固有の価値を有していると思われる。く構想理由〉梅津氏によれば,五つの系統は相互に密接に絡みながら増補,統合,あるいは折衷されて展開していくという。例えば,第三系統は第二系統を増補したものであり,第四系統は第ーから第三系統を統合したもの,第五系統は第一および第三系統を折衷したものとされる。また,第三系統では,転写の過程でも顕著な変容が生じている場合がある。このような展開の仕方は,同主題のものが,何故変容していくのかという素朴な疑問を惹起する。本研究は,この疑問を解くことを出発点として構想-55 -

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