された。そして,その展開を明らかにすることにより,類本制作の問題や,大師信仰と絵画制作の関係等を考察しようとするものである。⑬ ルネサンス初期のフィレンツェにおける信仰と美術研究者:京都市美術館学芸員様式批評においては,リナシメント様式の絵画の祖,マザッチオの芸術の光輝を称揚するあまり,同時代あるいは次世代の画家たちの作品が,マザッチオを基準として相対的に評価されがちであった。またそこには,造形表現における中世的伝統と新たな近代的精神との相克という二元論的な枠組みが汎用される。しかし,この時代はホイジンガの「中世の秋」に含まれる時代でもある。イタリアの美術に関していうならば,15世紀は,近代的な芸術家の自我の覚醒が明確に意識され,徐々に広がっていく時代であって,多様に混在する精神態度を包括的に捉える分析が必要であろう。たとえば1401年の洗礼堂扉浮彫競技においてプルネレスキを退けた彫刻家ギベルティのごとき存在を,絵画において求めるならば,洗練ある国際ゴシック様式によってイタリア全土に名声を馳せたと伝えられる画家スタルニーナの姿があった。またマザッチオの共働者マゾリーノのように,光と影のなかに量体を捉えて空間を構築するマザッチオ芸術の衝撃を回避し,伝統様式を保持する画家も数多く存在した。あるいはマザッチオを継承する次世代の画家においても,ドミニコ会厳守派の精神と深く結びついたフラ・アンジェリコのように,様式論のみでは論じ得ない領域が奥深く広がる。こうした画家達の作品を,マザッチオに対する評価とは異なった文脈のなかで捉えなおし,再評価する試みとして,15世紀前半における信仰生活と祭壇画のあり方,絵画の享受や礼拝における人々の態度を考察する。いわゆる「国際ゴシック様式」は,フィレンツェの市民生活の中で育まれることによって,情感豊かでより自然な人間の身振り・態度の描写を多彩に展開し,リナシメント様式における人間描写あるいは主題の精神的表現を準備したとされる。その独自の価値を生みだした社会における実際の絵画享受の様態,信仰生活における絵画(祭壇画)に対する市民の態度や聖職者の絵画観を明らかにし,リナシメント開幕期のフィレンツェ絵画の状況をより有機的に再現したいと考える。喜多村明-56 -
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