鹿島美術研究 年報第13号
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ンツェが多数の著名な画家や彫刻家が活動した比類なき美術の一大中心地であったためである。また,フィレンツェ派のディゼーニョを基盤とした理知的な造形表現をより優れた芸術と評価するヴァザーリ以来の伝統が,他の都市の画家の作品もしくは他の都市で制作された作品を不当に軽視する傾向を生み出していたことは否めない。プラートはフィレンツェやシエナのような美術制作の中心地ではないが大聖堂には著名な画家による壁画や祭檀画が現存している。興味深いことに,それらの作品はほとんどが当時の大聖堂が所有していた聖遣物の聖者伝を主題としている。中でも14世紀末のアニョロ・ガッディによるサイクルは,大聖堂が所有する聖母の聖遺物の由来を絵画化しているという点で特異である。また,15世紀半ばのフィリッポ・リッピによる洗礼者ヨハネ伝と聖ステファヌス伝のサイクルは,最も目立つ正面の壁面の窓の両側に,両聖者の殉教場面を描くという中世からの伝統的な配置をとっている。これはプラートでは15世紀半ばにおいても,教会・慈善会や市民の関心が聖遺物にあったことを示しているといえる。フィレンツェで14■15世紀に制作された壁画は托鉢修道会の建設した聖堂のための壁画が多いため,所有する聖遺物の聖者伝を主題としている場合はむしろ少ないが,フィレンツェ以外の先進的でない小都市においては,聖遺物の聖者伝を主題に選ぶといった中世的な状況が一般的であったと考えられるのである。よって,今回の研究では上記の作品はもとよりプラートに多数現存する壁画,祭壇画,説教壇を調査・分析し,市民や慈善会の宗教的姿勢,当時のプラートの政治・社会的状況と併せて論じていく。その結果,単なるプラートの都市論にとどまらず,先進的なフィレンツェの美術を偏重する従来の研究とは異なったルネサンス美術の一様相を呈示できると確信している。⑯ 英国ラファエル前派絵画における中世美術の影響について研究者:群馬県立近代美術館主任学芸貝松下由変貌,造形の革新等により,20世紀美術に連続する,新しい美術の概念を創造する画期的な役割を果たした。英国におこったラファエル前派活動もその一環であり,「内容」を重視する19世紀的な絵画観,画面上の効果を重視する表現上の新機軸,そして歴史的な思考,すなわち過去の美術や芸術思潮を整理・分析して,作家にとって最も好ま19世紀の美術はフランス印象派に示されるごとく,杜会状況の変化,美術享受層の-58

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