鹿島美術研究 年報第14号
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鏡などの日常の調度類,装身具等であるが,多くは片手の手の平に収まる程の小さなものであり,しかも複雑な技法を駆使してつくられているので,何よりも実地に現物を精査することが基本とされる。黒岩氏は,パリのルーブル美術館,クリュニー美術館,ロンドンの大英博物館,ビクトリア・アンド・アルバート美術館,ニューヨークのメトロポリタン美術館,クリブランド美術館等欧米の各美術館を訪れて,20点余りの遺品を直接実地に調査し,その技法・様式・図像について詳細な検討を行い,その特質の分析に基づいて製作地の分類,年代決定に努め,さらに同時代の装飾者本の挿絵等との比較によっで慎重な手続きをたどりながら,歴史的位置付けをも試みている。本研究は,そのうち祭檀画5例についての詳細な成果報告であるが,技法についての十分な知識に基づく記述と分析は,あくまでも実際の作品に即した研究という美術史研究の正統な方法論に則ったものであり,これまで必ずしも十分に行われてこなかった七宝工芸研究に滸実な足場を築いたものとして高く評価される。同時代の記録や文書がほとんど残されていない,この領域において信頼できる基礎を築いたものとうべきであり,将来のゴシック末期工芸史の構築を予感させるに十分な業績である」。これが黒岩さんの業績評価であります。それから根立さんの『中世禅宗僧侶肖僧彫刻の造像に関する研究』。「一般に頂相彫刻と呼ばれる禅宗の肖像彫刻は数多くの遺品が知られながら,制作時期の判明する遺例の少ないこともあって,それらがどのような目的で,どのような機会につくられたものなのか,その実態は意外に明らかでなかった。根立氏は,まずその問題を文献史料の上から改めて子細に検討した。造像目的については,初期の作例が像主の墓とともに,すなわち遺骨と一体化されて安置されたことが多く,また寿塔のように,自らの死後に備えて墓と一体となる肖像を安置する場合のあったことなどを明らかにし,制作時期については,通常,像主の没後間もなく,あるいは回忌法要を機に造像を企てられたことが多く,これに比して寿像はやや特殊な例であったことを指摘している。次いで,根立氏は,遺品の代表的な5例を取り上げて制作の時期や造像の実態を考察した上で,従来,しばしば強調されてきた禅宗肖像彫刻の面貌における写実性の問題に触れている。それらは本来礼拝を目的としてつくられたものであり,痔像であっても,その例外ではなく,そこに多かれ少なかれ理想化がなされているとの指摘をし-16 -

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