鹿島美術研究 年報第14号
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として表象される。かくしてカタリーナは,その神秘の結婚のモチーフを通して,ニ人のヨハネのそれぞれと聖母とを結ぶ要に位置づけられるのである。このことは,構成上のその他の形式的特徴や色彩のシンボリズムなどによっても強調されている。したがって,前世紀のロマン主義者たちが特に親しみ,現在でも用いられている<聖カタリーナの神秘の結婚〉という呼称は,誤りというより,むしろこの作品の本質をい当てたものと言えよう。さてこの作品において,従来,キリスト者の「行動」を表していたバルバラに対して,「瞑想」を表していたカタリーナの性格が大きく変化している。すなわちカタリーナの花嫁としての性格が積極的に示され,代わりにバルバラがいわゆる「瞑想」的生活を表すようになっている。こうした聖女の性格の変化は,ネーデルラントで多く見られるようになる,く読書する聖女〉の図像展開の中で従来の伝統が弱まったことにも起因するかもしれない。しかしメムリンクはさらに,まず文学において明瞭な形をとり始め,十五世紀初頭の国際ゴシック様式の展開の中で新しく形象化されるようになった,指輪の授与というカタリーナ伝説の世俗的な逸話を,ネーデルラントで初めて意識的に取り入れることで,カタリーナの性格を梢極的に変貌させたのである。また,聖母を取り囲む聖人たちを表すこの画像の源泉は,イタリア風のく聖会話〉というより,北方の国際ゴシック様式の流れの中で現れる<聖女たちの中の聖処女〉やく天の宮廷〉にあるように思われる。そして宮廷文化の中で好まれた<天の宮廷〉において,聖女たちは従来,<天の女王〉である聖母の侍女としてとりなしの機能を果たしてきたが,そうした機能を保持しながら,聖女たちそれぞれが花嫁として次第に個性化していく傾向が見られる。この作品は,こうした傾向をさらに強めることになるのである。そして,さほど確固たる構成上の理由はもたないまでも,多くの類似した作品をメムリンク自身も注文に応じて描き,広く人気を博するようになる。こうした宗教画にも刺激される形でやがて世俗的な花嫁の教訓画が登場してくるため,この作品はまた,世俗的なモチーフによる宗教画の変貌の一側面を示すと共に,宗教画のモチーフを引き継ぎながら登場する,世俗的教訓画の展開に連なる道程にも位置づけられるように思われる。21 -

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