し一k— この研究は,他の絵画とは異なった,絵巻の絵画に独特な表現を認識することである。いわば説話を絵画で見せる,あるいは話靡を可視的に表わす,そうした語彙的な図像を出来るだけ多く把捉し収集することである。旧本の消散と新本による再生は,十五世紀以後によくみられる現象であるが,一、では特に近世前期の諸現象に注目してみたい。住吉如慶や土佐光起などの画業にみられる絵巻制作を主核とし,近世前期の再生絵巻を本研究で注視したい。これら近世の作例は,『角川絵巻物総覧』にも収録しえなかったが,旧本との脈絡を明らかにすることでそれらの適切な意味付けと位置付けとを試みてみたい。⑲ 「移行期」(1580■1620)のローマ画壇とカラヴァッジオ研究者:神戸大学文学部助教授宮下規久朗カラヴァッジオとともにバロックヘの革新を推進したアンニーバレ・カラッチは1595年にローマに来たとき,すでに自己の画風を完成させていたのに対し,カラヴァッジオはローマにおいて様々な画風を吸収しながら自己の画風を形成した。彼の芸術の成立にはロンバルディアや盛期ルネサンスの伝統だけでなく,同時代のローマの美術が深く作用したはずであり,彼がローマの衰退した画痘にロンバルディアの清新なリアリズムを導入してバロック的な芸術を創造したという美術史的な常識は再考されなければならない。ところが16世紀末から17世紀初頭のいわゆる「移行期」(ウィットコウアーの言による)のローマ画坦については,カラヴァッジオやカラッチの系譜以外はほとんど研究されていないのが現状である。数十年にわたって画坦に君臨したツッカリやダルピーノでさえ十分なモノグラフがなく,ましてポマランチオのような画家は美術史研究の俎上に乗ることはほとんどなかった。しかし後者の一連の殉教図などはカラヴァッジオのリアリズムとの関係の上でも考察に値すると思われる。またカラヴァッジオのライバルとして係争しながらその芸術には強く影響良されたバリオーネのような画家の画風変遷をたどることは,カラヴァッジオの「改革」の前後の状況を考える上で重要であると思われる。あるいは反宗教改革の精神に忠実なオラトリオ会やイエズス会の思想が当時の美術にどのように表れているかも考えたい。こうした調査によって,カラヴァッジオの芸術形成を促した要因や環境,そして彼の「革新」の意味やバロック美術の成立のしくみをときあかすことが期待されよう。-51-
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