⑳ シャルトル大聖堂のステンド・グラスにおける「寄進者像」の再解釈研究者:名古屋大学文学部助教授木俣元一ゴシックのステンド・グラス,とりわけシャルトル大聖堂の作例を含むような13世紀初頭から半ばにかけてフランス北部で制作された作品については,1987年に刊行された受容美学の代表的研究者ヴォルフガング・ケンプによる『Sermocorporeus』以来,多くの新しい研究成果がもたらされている。しかし,いずれの研究者も,本研究で問題とするさまざまな職業集団のイメージを,常に寄進行為との関係で解釈している点では19世紀以来の学説をそのまま継承してしまっている。1993年に出版されたウィリアムスの博士論文では,これらの職業集団のイメージを窓の寄進行為ではなく,パンや葡萄酒を大聖堂に寄進したことと関連させているが,いずれにしてもこれらのイメージが素朴に現実と対応すると考える点では変わらない。本研究は,この定説化してしまった感のある学説の根拠を再検討し,それに疑問を投げかけ,新たな解釈の可能性を提出するという意義をそなえている。もちろんこれは,シャルトルの町に現実に種々の職業集団が,それが同業組合を形成していたかどうかは別にして,存在していたことや,彼らが何らかの形で,1194年の火災で焼失した大聖堂の再建を経済的に援助したことを否定するものではない。現在,研究代表者は,この時代のステンド・グラスが視覚的イメージのレトリックを活用して,さまざまな神学的,教義的,政治的メッセージを見る者に伝達し説得しようとする戦略的特質をそなえていることを,《使徒トマス伝》や《放蕩息子のたとえ話》の窓などの具体的な個別的作品に基づきながら考察しているが,この「寄進者像」の再解釈もこうした研究の一部をなすものである。将来的にはシャルトル大聖堂のステンド・グラスに関するモノグラフとしてまとめ,公刊する予定である。今後の考察においては,とくに別の観点(聖餐の秘蹟と全実体変化の神学)から考察中の《聖レオビヌス伝》の窓において,葡萄酒売りや居酒屋のイメージがこの窓全体の中でどのような役割を果たしているかという問題が大きなヒントを提供してくれるものと思われる。また,同時代の『寓意註解聖書』の挿絵に見られる「さまざまな人々diversgens」の姿,さらにほぼ同時代と思われるローマ,サン・クレメンテ教会アプシスのモザイクなど,いくつかの比較例により考察の幅を広げたい。_ 52 -ビープル・モラリゼ
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