鹿島美術研究 年報第14号
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⑪ カイロ・エジプト博物館蔵古代エジプトの絵入りの葬祭用亜麻布の現状調査研究者:比治山大学現代文化学部教授鈴木まどかカイロ・エジプト博物館は,銘文入りの絵画の描かれた「葬祭用亜麻布」すなわちミイラを覆っていた亜麻布を多く所蔵しているが,その研究は殆んどなされていない。古代エジプト研究の進んだ欧米諸国の研究者は,銘文の刻まれた彫像や石造建造物の研究に力を注ぎ,弱い素材の布製品を軽視して来たからだ。同館の亜麻布の保存状態が悪いのも,これらが所蔵品になった時点で,研究者が銘文の持つ史料的価値に触れただけで,美術的価値への配慮が不充分で保管の為の努力を払わなかったからだろう。これらの絵画は,技法の上では泥絵であり,主題の上では,ミイラを呪術によって保護しようとした,葬祭儀礼に直結した宗教画である。しかし布の表面に顔料を定着させる点からみれば,キャンバスに描かれた油彩画の源泉をなす重要な美術品である。特にローマ時代の死者の肖像画は,様式の上でも近代ヨーロッパの油彩画に大変酷似するので,葬祭用亜麻布の絵画の研究は,美術史上の極めて大きな結果をもたらす。カイロ・エジプト博物館の各時代の様々な技法の亜麻布の絵画の現状調査は,図像の分析を通して古代エジプトの宗教を明らかにし,顔料の分析を通して絵画の技法上の発見を可能にするという二重の意義を秘めている。また,銘文・画像の形式・様式から年代推定が可能な作品を基準に,顔料・亜麻布の年代を追う素材の変遷を追うことも出来よう。この研究は,年代不明の亜麻布の年代推定への道を大きく開かせるに違いない。更に顔料の調査研究は,本邦に所蔵されている古代エジプトの木製品(木棺など)に描かれた絵画で劣悪な保存状態の作品の修復の貴重な情報を提供することになろう。本邦には修復を必要とする古代エジプト美術品が多いので,この調査は本邦の美術品の修復の進歩につながるものと確信する。⑫ 1939年「伯林日本古美術展」ー一近代ドイツにおける日本美術の受容をめぐって研究者:早稲田大学大学院文学研究科研究生安松みゆき西洋近代における日本美術への関心やその受容については,ドイツはフランスなどに比べ,従来あまり取り上げられることがなく,日本美術への関心がそれほど高くな-53 -

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