鹿島美術研究 年報第14号
85/114

⑱ 冷泉為恭とその画業に関する研究研究者:学習院大学大学院人文科学研究科博士課程菅原真弓近年,幕末から明治という時期の美術は徐々に注目を集め始めている。『幕末明治絵画の研究』(平成三年)の刊行を最も端的な例として挙げる事ができるだろう。けれどもそれは,個々の画家に対する関心であり,研究であるに過ぎない。本研究は,冷泉為恭という画家の検討を通して,日本美術における幕末・明治という時代の持つ意味を問う事を最も大きな目的とする。具体的には,作品調査の結果を基に為恭の画業を検証し,また単なる様式の変化のみならず,それがどのような時代的背景のもので形成されていったのかを歴史事象,同時代文化の様相を視野に入れて検討し,いわば時代の現象としてとらえたいと考えている。現在のところ,研究者が考えている幕末・明治期のキーワードは「歴史意識」あるいは「復古」にある。酒井抱ーの尾形光琳顕彰といわゆる「江戸琳派」作品群や,幕末期の浮世絵に見られる「武者絵」と称される歴史人物画,そして本研究で取り上げる冷泉為恭を中心とする復古大和絵画家達による,古画の模写を基本とする学習による大和絵作品などは,いずれも彼らの「歴史意識」あるいは「復古」の思想を裏付けるものであると思われる。業績欄に記した拙稿(「月岡芳年の歴史画について」)は,暮末から流れる歴史意識と明治政府が目指した「正史」に基づく「歴史画」の交錯する点に位置する,月岡芳年の歴史画の意味について問題提起したものである。しかしながら現時点では,当該時期の画家,あるいは画派の研究はそれぞれ別々に進められており,共通する意識を検証しようとするものではない。その点から,本研究はこれまでにない独自な視点を持つものであると意義づけられる。研究者は,冷泉為恭という復古大和絵の画家の中に,最も顕著にその様相を見るが出来ると考える。それは為恭という画家の作画姿勢が原初(為恭が定義する所では平安・鎌倉)のいわゆる「やまと絵」の復興・再生を目指す事を明言したものであったからである。しかし為恭については,作品調査やその報告もあまりなされておらず,その画業の全容についても深く掘り下げる事ができないまま現在に至っている。したがって本研究では,冷泉為恭を中心とする復古大和絵作品の調査とその検討を通して,様式上の問題にとどまらず,近世末期,幕末から明治という時代の中で冷泉為恭の果たした独自の役割について考察を加える事とする。59 -

元のページ  ../index.html#85

このブックを見る