鹿島美術研究 年報第14号
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るふたつめの作品群に関しては,収蔵にいたる経緯はもちろんのこと,どの施設がどの作品をどのように保管しているかの基本的なデータすらほぼ全く分からないままに放置されている。こちらのグループについては,こまめな実地探索を重ねて各施設における現在の収蔵状況を把握する作業が当面の課題となる。これらの作品群の来歴をたどることで,戦時下の社会において戦争美術がはたしていた機能の裾野を明らかにできればよいと考えている。⑰ 東大寺南大門仁王像の研究研究者:奈良県教育委員会文化財保存課主査鈴木喜博く意義〉『東大寺南大門国宝木造金剛力士立像修理報告書』は修理記録の客観的な記述が中心であるので,さまざまな問題意識をもって学術的観点からその造立過程を丹念に考察する視点はこれからの問題である。特に今回造形(表現効果)に関わる修正個所が数多く見つかったことは制作過程を知る上で貴重であり,仏師の試行錯誤を目の当たりにする思いがある。そこで筆者自身が修理現場で見た体験を踏まえ,新知見に学術的解釈を加え,普遍的な知識に高める作業を行い,工房組織論の観点から南大門仁王像を捉え直すことは彫刻史研究の分野のみならず,美術史研究にとっても十分に意義のあることと思われる。<価値と構想〉仁王像の8メートルを越える巨大な寄木造の構造を膨大な資料を駆使して読みこなすには,他の仁王像及び巨大像の作例を念頭において比較考察することが大切である。その検討結果は歴史的批判に十分耐えられる客観的事実として再構築されねばならない。それは個別の作品研究にとどまらず,他の仁王像を視野に入れた史的展望を可能にさせるものとなる。修理途中で大仏師運慶,快慶,定覚,湛慶の4人の名が発見されたが,4人の内どのような組み合わせで阿叶の二鉢を分担制作したか,作者論議が早くも活発となり,田辺三郎助,松島健,麻木修平諸氏がそれぞれ新解釈を発表している。今後の研究は報告書を基礎にした頭領,現場担当仏師,小仏師及び番匠の制作集団の解明が不可欠であり,工房の動きの中で作家の個性がどの段階でどのような形で反映するか,関連作品を含んで具体的事例を通して考察することが必要である。以上の構想は鎌倉初期の巨大木彫像の史的展望を可能にさせるものと確信する。65 -

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