江戸時代の後期に輸出された長崎螺細の作品については,ある程度の量が逆輸入というかたちで日本に里帰りしており,研究が進んでいるが,西欧の美術館,博物館,あるいは王侯貴族の城郭などに所蔵されている作例が大半をしめる17世紀第二四半期から第四四半期にかけての研究については,先行事例が非常に少ない。したがって現段階においては,欧米における研究成果を正確に把握し,必要なデータを収集整理すること,ひいては,西欧の研究者との協力関係を確立することが,まず必要であると思われる。こうした協力関係のもとで,私たちの側から提供できるのは,より厳密で客観的な作風分析の成果であろう。なぜなら,作品そのものの分析については,これまで蓄積されてきた漆工史研究の成果をふまえた,比較研究が不可欠であり,その意味において,日本の研究者による作風分析は,西欧の研究者が最も期待し,必要としている要素だからである。本調査研究はこの期待に添うものであると同時に,今後の輸出漆器関係資料の調査研究が,わが国の漆工史研究において孤立することなく位置付けられ,進められて行くうえで意義のあるものだと考えている。⑰ 日本の煎茶文化における中国美術受容の変遷について研究者:大阪市立美術館主任学芸員守屋雅史平成4年に開催した「清朝工芸の美」展の作品調査のおり,戦前から伝来した作品の中に明らかに煎茶道具として使われていた作品に多く出会った。清朝工芸は日本人の趣味とは合わない,色彩や装飾性が豊かなものと従来位置づけられてきたので,これは新鮮な驚きであった。展覧会の終了後にも,中国製の様々な時代の作品が,江戸後期〜昭和初期の煎茶という中国趣味の中で雌ばれてきたものであることを知るにおよんで,近代における中国の美術・文化を広く受け入れる土壌は江戸期からの煎茶文化の存在なくしては考えられないことに気がついた。しかしながら,江戸期以降の煎茶文化は,日本の文人画研究や青木木米の作陶研究の中で部分的に紹介されることがあっても,総体としてほとんど研究が行われておらず,特に煎茶の諸道具については生産地や時代すら明確にできない作品も多く存在する。これらを整理して編年づけるには網羅的な作品の実見調査を経て,相互の作品の比較検討をする必要を強く感じた。-73 -
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