⑮ カンディンスキーの作品におけるキュビスムの造形的関与研究者:早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程申請者の調査研究は,これまでほとんど研究されることのなかったカンディンスキーとキュビスムとの関係を扱うことに第一の意義がある。これまでにも,他の抽象絵画創始者や当時のドイツ及びロシアの画家たちに与えたキュビスムの影聾は,多くの研究者によって明らかにされてきた。さらに,カンディンスキーとはごく親しい画家仲間であるパウル・クレーやフランツ・マルクとキュビスムとの関係も少なからず論じられている。しかし,カンディンスキー自身がキュビスムの造形表現に関心を示し高く評価していながらも,そこからの影聾を否定し続けたほか,カンディンスキーとキュビスムの関係については僅かにその可能性を示唆した言及があるのみで,具体的に論じられることがなかったばかりか,むしろ否定的な論考の方が目立つのである。申請者の調査研究の目的は,従来のカンディンスキー研究の中心を占めてきた主題解釈,モティーフの確認,画家の精神的背景の解明などの方法では解釈不可能な造形上の問題を明らかにし,カンディンスキーの作品が当時の美術運動と複雑に絡み合いながら展開,意味レヴェルでは質の異なるキュビスム作品と同時並行的な類似現象が見られるのみならず,実は造形的には密接な関係にあることを解明することにある。この調査研究により,20世紀美術史上不可避の課題であったにもかかわらず,これまで等閑に付されてきたカンディンスキーとキュビスムの関連が,ようやく具体的な根拠を持って論じられ,カンディンスキー自身が主張して以来の影響関係なしとする説を訂正し,カンディンスキー研究,ひいては抽象絵画やキュビスムの研究領域にも新たな認識を持ち込むことになろう。野宏子81 -
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