鹿島美術研究 年報第15号
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研究目的の概要① シリア国エマル出土粘土板に捺された印章美術の研究研究者:古代オリエント博物館研究員石田恵古代中近東ではさまざまな民族が興亡をくり返し,それぞれ固有の美術様式を生み出している。近隣の民族の美術から編み出した場合もあれば,すべて独自な美術様式である場合もある。古代中近東の美術を考える上で,印章自体の資料数及び粘土板文どに捺されて残った資料の量は群を抜いており,印章美術は大きな位置を占めている。また,その中でも出土地の明確な資料は大変雄弁な証人となってくれ,粘土板文書は解読することにより,たとえ骨董市場から入手されたとしても,出自が明確となるため良好な資料となる。一つの遺跡から出土する粘土板文書は,同じような様式の印章の印影を持つのが通常である。ところがエマル出土の粘土板文書のように,ある程度の年代幅の中に複数の美術様式の印章が併存することはきわめて珍しい。この稀有な資料を題材として,異なる民族系統の美術様式が出会い,発展し,変容していく過程を解明しようとするものである。また,同じくヒッタイト系の印章としてスタンプ印章,指輪形印章,円筒印章の3種が見られ,これらがどのような関係にあったのかも興味深い問題の一つである。このように複雑なエマルの印章美術の特色を解明することは古代中近東における美術様式の変遷の解明にも資する研究となろう。② 16世紀前半のイタリア美術とサクロ・モンテ研究者:茨城大学大学院修了,イタリアピサ大学留学生関根浩子近年刊行されたP.コスタマーニャの『ポントルモ』(1994年)は,若干の疑問点を除けば,従来のポントルモ研究の総決算的な好著であっただけでなく,従来提出されたことのない新解釈を少なからず含んでいた。そしてそれらは,当時のイタリア,特にフィレンツェの政治的・宗教的状況に鑑みれば,決して不当とは言えない解釈であっ-39 -

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