鹿島美術研究 年報第15号
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この写本は,美術史上,非常に重要な作品であると考えられているが,個々の挿絵におけるさまざまな絵画表現の成立の契機に関しては,これまで十分な研究がなされてこなかった。また,ベアトゥス写本挿絵とサン・スヴェール写本挿絵とが,構図,図像様式といった点において異なっているということは指摘されてきたが,そのような相違点が具体的にどのようなものであるか,あるいは,どのような理由に起因するものであるかについては,十分に解明されるに至っていない。サン・スヴェール写本における三つのグループの挿絵1)モデルとなったベアトゥス写本挿絵の構図,図像を踏襲している挿絵。2)モデルとなったベアトゥス写本挿絵の構図,図像を一部踏襲している挿絵。3)先行する時代のいずれのベアトゥス写本にも含まれていない挿絵で,サン・スヴェール写本の制作者が独自の構想により新たに描いたと推定される挿絵。のうち,2)と3)のグループの挿絵の絵画表現は,ベアトゥス写本挿絵群,および,同時代同地域の写本挿絵群と比較して,構図,図像,様式の面でとくに独創的である。このようなサン・スヴェール写本挿絵の絵画表現の特異性は,前述したようなさまざまな星座図の動物の表現が何らかの形で取り入れられることによって,強められるに至った可能性がある。このような動物モチーフの源泉について調査した上で,サン・スヴェール写本挿絵の絵画表現の成立にそれぞれのモチーフがどのような役割を果たしているかということについて考察し,この写本挿絵における独創性に満ちた絵画表現の成立の契機の解明を試みたい。以上のような視点に立脚しつつ,現地の図書館および博物館においてさまざまな原資料を渉猟し,パリ第四大学のプラッシュ教授をはじめとする諸専門家から指導を受けつつ,数年間にわたって従事してきたベアトゥス写本研究を進めたい。⑰ 快慶作例を中心とする中世結縁交名の比較研究研究:国際日本文化研究センター研究員像内納入品は経塚遺物などと同様に,古代より近世にいたるまで多くの作例が確認されているが,追納品を除けばそれらの多くはそうした仏像や施設が制作される極めて限られた期間に納められたものである。とくに,古代におけるこうした納入信仰は木淳-51 -

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