部分に直接文字を書き込む「画中詞」の問題などでこれまでも論じられる機会はあったが,対象となる分野は個々に限定されており,十分な議論を支えるだけの場も視座も未だに提供されていない。本研究では,説話画,料紙装飾といった既成の枠を超え,絵画,書,工芸など多方面に亙る対象を視野に収めることで,絵画と文字がいかにして一つの作品の中に組み込まれていくのか,視覚的なレベルでの両者の共存,呼応がどのような形で実現されているのかを探り,絵画と文字に関して,従来の個別的な考察から多面的かつ総合的な研究へと推し進めることを最大の目的とする。その中で,絵画・文字とともに作品を実際的に構成するもう一つの要素,すなわち,絵を描き,文字を書く空間を提供する地を含めた三者の関わりへと問題を敷術させることで,画面というものがどのように扱われ,平面空間における視覚的表象の再現がいかなる感覚によって支えられてきたのかという,視覚芸術に対する根本的な問いに繋げることができると考える。さらに,画巻,掛幅,屏風,本などの画面形式上の要請,社会的文脈を考慮に入れる一方,絵画と文字の関わりにおける時代的特性を分析することによって,絵と言葉の問題を美術史に組み込むための筋道を構築してゆきたい。⑫ ミケランジェロ作「システィーナ礼拝堂天井画」の記号論的研究研究者:熊本大学教育学部教授吉川本研究の目的は《システィーナ礼拝堂天井画》の「意味」の問題を記号論的方法によって考察することにある。《システィーナ天井画》は,一つの複雑極まりない視覚的記号の総体であり,それが「視覚的」記号である限りにおいて必然的に多義的であり,多様な読みに開かれている。これまでのシスティーナ天井画研究においては,作品の「意味」を一義的に決定することが可能であるとの前提のもとに,研究者たちは,作品外の「文書」(およびそれらの文書が含む「思想」)によって,視覚的記号の揺れ動く意味を固定しようと試みてきた。例えば,トルナイはフィチーノの文書=思想によって,ウィントはS.パニーニの文書=思想によって,ドットソンはアウグスティヌスの文書=思想によって,天井画の最終的な記号内容を確定しようとした。しかし,記号論を始めとする今日の読みの理論は,意味の多重性や多層性を容認する方向性を示し,そのような意味の多重性・多層性は,曖昧性や恣意性へと拡散するものではなく,むしろ「多重コード化」(バルト)によって産出されるテクストの意味の農かさである,登-76-
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