とされる。このような視点に立つ本研究にとって,さまざまな文書を持ち出す前に,《システィーナ天井画》という視覚的記号の総体そのものがすでに読まれるべきテクストであり,本研究は,このテクストがどのような文化的コードと社会的コンテクストのもとに意味作用を展開するのか,ということを研究内容とする。ルイ・マランは『絵画の記号学』(1971)において,「歴史画は文学的テクストが提供した主題と描写と物語との総体から成る図像学的指向対象を基盤としている。従って,記号学的分析は文学をもって,タブローを分析するための有意義な中継点として利用することができる。この中継点のおかげで,タブロー上の意味を分節することが可能となるのである」と言っているが,本研究においても,旧約聖書や(エジデイオ・ダ・ヴイテルボのような)神学者や(フィチーノのような)哲学者の文書等の「文学的テクスト」は,最終的意味を表すものではなく,記号論的分析を可能にする中継点として取り扱われる。意味作用を行うのは〈天井画》という視覚的テクストであって,本研究の目的は,この視覚的テクストの中で,様々なレベルのコードがどのように多様な意味の層を作り出すのか,ということを探求することである。本研究では,《天井画》における諸人物の「身振り」をコード化しうるものと考え,「身振りのコード」からどのような読解が可能かということを中心主題とする。⑮ 美術史学におけるベラスケス像の様相と古代彫刻の役割研究者:学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程久々湊直子本研究は,現在定着しているベラスケスのイメージの成立過程とその構造について,ベラスケスの批評史・研究史だけでなく,美術史学の学問史の視点からも併せて検証・考察する点に特徴がある。ベラスケスについては,1650■60年代のガヤ・ヌーニョの研究以来,批評史的な視点による研究はほとんど発表されていない。また,本研究のように美術史学の学問史と併せた形で取り組まれたものは今までに例がなく,単にベラスケスの語られ方,作られていく芸術家像を追うだけでなく,美術史学という領域の特殊性を認識した上で,芸術家が〈巨匠〉として認知されていく時の一つの典型としてベラスケスの例を考察し,この学問を支配している理念や仕組も指摘しようという点に,この研究の独創性があると思われる。具体的な構想としては,全体を三部に分け,各部の中心にそれぞれパロミーノ,ユ-77 -
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