鹿島美術研究 年報第16号
43/116

の在り方を捉え直すことだった。植民地戦争の勝利者であり植民地の支配者であるフランス人男性の欲望に捧げられた「オダリスク」や,男性芸術家が女性の身体=自然を「精神化」するという西欧芸術の伝統的な理念を代表する“ヌード”の主題は,戦後の愛国的で保守的な思潮によって大きな支持を得たのであり,その流れに非常に良く合致しながら自身の制作上の問題に取り組んだマチスは,結果的にフランス国内において,この時代のもっとも重要な現代画家と見倣される。フランスのナショナリスムとその固有の時代の文脈から離れて,マチスを20世紀を代表する国際的な画家と見倣す世界的な評価の基盤となってきたのはアルフレッド・バー・ジュニアやクレメント・グリーンバーグ等によって形成されたモダニズム/フォルマリズムの枠組みであり,この枠組みを外れてマチスの20年代を,そしてその芸術全体をどう見るのか,という問題に十分な答えは出されていなかった。本調査はこれまで基本的にはモダニズムに由来する造形的観点を中心に古典主義への回帰,秩序ヘの回帰と一般化されてきたこの時代のマチスの作品の変化に内在する意図と意味を,当時の言説と現代美術をめぐる論点にそってより具体的に指摘することを試みた。④ 「中世後期における六道絵と十王図に関する図像学的研究」発表者:愛知教育大学助教授鷹巣れてきた『往生要集』や『地蔵十王経』といった経典類にとどまらず,いまだ美術との関連が十分に検討されていない『十王讃歎紗』『十王讃歎修善紗』などの二次的なテクストと実作例との関連に注目することにより,時代とともに変化する他界観の流動性に対応する。(なお同時に,中世後期以降の作例について,図像・図像構成の展開を表現しようとした絵画作品の美術史的研究は,これまでのところ鎌倉時代を下限とする範囲での分析が中心であった。しかし他界をいかに絵画化するかという問題は,鎌倉時代で終結することなく近世に至るまでさまざまな要素を取り込み多様な展開をみせているし,現存作例の数量も圧倒的に恵まれているのは中世後期以降である。本研究では,従来注目さ六道絵や十王図を中心とした,他界観を体系的に純-23-

元のページ  ../index.html#43

このブックを見る