確認したが,この件については時間の都合で割愛する。)鎌倉時代・室町時代・江戸時代にそれぞれ成立した『十王讃歎紗』・『十王讃歎修善紗』・『十王讃歎修善紗図絵』は互いに異なった宗教環境で成立したテクストではあるが,それらは単純化すればほぼ先行するテクストを後続のそれが増補したものといえる。子細に確認した結果,それらの内容のうち宗門的な立場から記された部分はごくわずかで構成の根幹にもほとんど影響しないことが判明した。したがって,すべてのテクストに共通の部分や,宗派を超えて受け継がれた増補部分は,日本人が共通して受け容れてきた認識と思われる。これらテクストの増補時の特徴としては,第1に説話に関する言及の充実が挙げられる。それらの説話はいずれも『地蔵十王経』にはみられなかったが,『十王讃歎紗』以降,加速度的に数を増して引用されるようになったものであり,親への孝行を扱った説話のグループと悪業による転生を扱った説話のグループとに大別できる。この傾向は六道十王図ともリンクしており,その典型例として極楽寺本六道絵や出光美術館本六道絵が挙げられる。構成面での増補の特徴としては,悪道を経巡った後の極楽への救済という図式が徐々に整えられて行く傾向が確認できる。死後の道行きから説き起こし,十王の裁きを順次記述し,最後には迷妄を解くために釈迦が説法して終わるという『地蔵十王経』の構成に対し,『十王讃歎紗』では十王を順次めぐる間の地理的な情報がかなり増補され,巻末では五道転輪王に地獄の構成および等活地獄と無間地獄に関する詳しい解説をさせている。『十王讃歎修善紗』と『十王讃歎修善紗図絵』ではこの地獄に関する描写の後に,さらに阿弥陀の来迎に関する描写を増補する。このように,整えられた死後の滅罪と救済の枠組みは,実は一連のストーリーとして明示されるものではなく連想形式で辛うじて結び付きあうものであり,『地蔵十王経』の権威によりつつもそれを逸脱する地獄極楽観を主張するテクスト作者の慎重さが,そこには伺える。こうしだ慎重な逸脱を試みる構成は出光美術館本六道絵のそれと傾向を同じくするものである。このように,『地蔵十王経』を前提としながらも新たな他界観を形成しようとした『十王讃歎紗』をはじめとするテクストの増補の方向性は,六道十王図の図像選択およびその構成と極めて密接な関係を示しており,日本人の指向した他界観はそこにあったとみてよかろう。-24 -
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