鹿島美術研究 年報第16号
62/116

研究目的の概要① 黄槃渠仏像様式の研究研究者:北海道医療大学基礎教育部教授江口正尊黄漿美術の特質を通観すると,その初期には明末清初の時代様式が濃厚であったものの,約半世紀をすぎようとする頃には,次第に和様化へ変遷して行く様子が各分野において顕著に見られてくる。特に,仏像彫刻においては漿僧及び中国人仏工等の仏像観・造型意匠が我が国との差異を明確にすることによって仏像彫刻史のみならず信仰史の変化へも浸潤する活動であったことが意義深い点である。また,同時に黄漿仏像彫刻が本来持っている新しい美の世界を開示するためには,実測調査に基づいた正しい判断が不可欠であり,その時点に至って新たな時代様式として日本近世美術史の中に不動の地位を構築でき得るか,否かが重要である。久しく悪趣味・雅賞にあらざるものとして椰楡されてきた感の強い黄漿彫刻への評価自体が静的にして平明な宋元美術を良しとする研究者の審美眼であるというのであれば否定する術を知らないものの,しかし,近年の美的価値観の多様化は,そのような従来の秩序・調和を最も好んだ美感とは明確に一線を画しているようである。筆者の本研究の主眼はここにある。即ち,道生様に見える怪異な表情と誇張的ともいえる身本躯部の意匠,濃厚な色彩は拝する者や観る者に独特の生硬感を与え,まさに醜をも取り込んだ現実的・感覚的な新しい美の発掘へと続いているからである。黄漿仏像彫刻の,強烈な色彩と個性的な姿態が人々を魅了しているこの時期に並行して行われる本研究は時代のニーズに呼応するものである。② 小林清親の画業と幕末明治期の絵入り版本研究者:西宮市大谷記念美術館学芸員枝松亜子明治期の美術史の研究は,いわゆる官のアカデミズムを中心とするものから,次第にそこから取り残されたものへと目が向けられ始めており,急速に見直しが進められている。一方で江戸期の美術史においても,粉本主義の弊害が指摘されるばかりであった狩野派の見直しがすすめられるなど,著しい変化がみられる。そうした中,切り-36 _

元のページ  ../index.html#62

このブックを見る