⑤ エイズと美術研究者:東京都写真美術館主任学芸員笠原美智子1960年代後半から70年代前半,フェミニズムや他のカウンター・カルチャーに多大な影響を受けて,レズビアン・ゲイ・スタディが盛んに研究されるようになった。永い間,同性愛を病気や異常や逸脱や倒錯と見なしてきた社会は,ゲイやレズビアンに対して「語られる側」「語ることができない状況」を作り出してきた。ゲイ・レズビアン・スタディは今まで他者によって「語られてきた」当事者が,主体的に自らの存在や権利について声を挙げ始めたことの成果である。文芸批評や美術批評を含む様々な表象の分野で,異性愛者という他者によって表されてきた同性愛についての読み替えや再解釈がなされるようになった。常に「語られてきた」対象であるゲイ・レズビアンが,自分の体について,セクシュアリティについて,自分のイメージについて,自分で表現しはじめたのである。そこに出現したのがAIDSという病気である。ただでさえ,「同性愛者」というカテゴリーは,一人の人間の存在の中で,セクシュアリティの部分だけ肥大化して捉えやすくする。「異性愛者」が「異性を愛する」というセクシュアリティだけでその人の存在のすべてを語るものではないことは自明の理でありながら,一方で同性愛者に対してはそうした差別に満ちた態度がなされる。AIDSはそうした状況に火に油をそそいだ。しかし,一度自分の主体性を獲得しようとしたゲイ・レズビアン・スタディを背景にした彼らの活動は,AIDSによる偏見と差別によって沈静化するどころか,逆に自分達を直撃したAIDSを,ゲイという神話,レズビアンという神話,AIDSという神話を脱構築することで,エイズ芸術を生み出した。エイズという一つの病を通して,現代におけるセクシュアリティやジェンダー,セックス,教育,文化など様々な権力構造の,今まで見えなかった部分が明らかになってきている。そうしたエイズ芸術によって訴えられている〈現代〉についての諸々の側面を明確にする。⑥ ヨハン・エルトマン・フンメルの芸術における遠近法の機能と役割研究者:東京大学大学院人文社会系研究科博士課程尾関所謂「ビーダーマイアー期」ベルリン画壇の散文的・即物的・写実的画風を体現する群小画家の一人,という文脈においてのみ様々な文献で言及されているものの,遠39 -幸
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