⑱ 18 • 19世紀における日本とヨーロッパの美術交流とその影響—裸体美学の導入を中心に研究者:武蔵野美術大学ほか非常勤講師隠岐由紀子開国,明治維新で西洋にもたらされた日本美術が西洋芸術を様々に触発した経緯については,1988年に日仏合同で催された大規模な「ジャポニスム」展以来,さまざまな角度から研究が盛んになってきている。従来この動きは,鎖国という閉鎖社会の中で独自に成熟した日本美術が,西洋の造形家にたいして,文字どおり「目から鱗」の効果を発揮した現象として一方通行的に論じられてきた。しかし例えば,18世紀後半以降の日本の「浮世絵」版画の発展には,「唐もの」「蘭」として流行した外国伝来の文化が大きな影をおとしていた。挿絵本や華麗な多色刷木版の発達には西洋の挿絵銅版画が大きな触媒作用を果たしたと思われるのである。「花鳥風月」など外界の自然が中心モチーフであった日本の視覚芸術の中に,遊郭の女など人を描く風俗画が生まれ「浮世絵」として大いに発展する経緯には,西洋の書物の装丁や挿絵と通して日本に持ち込まれた,人体表現を中心とし,裸体の美を標榜した西洋の美学がかかわっているのではないだろうか。西洋の裸体美学は,あるいは浮世絵の中で重要な位置を占めながら,美術史上で表立って研究されてこなかった春画の分野の発達にも恐らく大きく関与していると思われる。こうして成立した「浮世絵」は春画も含めて,卓抜した日本美術として多量に西欧に輸出され,「ジャポニスム」の枠すら越えて,フランスのクールベやロダン,オーストリア,ウィーンのクリムト,シーレなどの芸術エロティシズムの開眼にすらかかわっている可能性がある。私の調査研究は,浮世絵をはじめとする日本の絵画世界に洋書の挿絵がどのようにかかわったかという,日本の江戸時代後半から明治にいたる西洋美学流入の足跡と影響をたどる日本での作業と,西洋の芸術家が日本美術の何に着目し,どのような次元でそれを取り入れたかを,日本趣味や特異な構図といった目にみえる影響以外にも探る西側での作業の双方を行うことにある。-49-
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