鹿島美術研究 年報第16号
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⑳元時代故事人物画研究一―-『唐僧取経図冊』を中心に研究者:大和文華館学芸部部員板倉聖哲「唐僧取経図冊」は孫悟空で親しまれている『西遊記』物語の古形を示すものとして注目され,『国華』誌上に紹介されて以来,多くの中国文学研究者によって言及されている。本画冊中には,様々な絵画伝統に基づく造形語彙が認められ元代絵画の多様性が一画中で見て取れるようである。元時代李郭派山水,南宋画院画家による故事人物画,南宋時代以来の着色道釈人物画,文人墨戯(墨竹)などがそれである。32図中30図には標題があるが,それは当初のものではない。近年,それに囚われず,元来画巻であったという復元案が提出されている。こうした復元案を検討するために,画絹,顔料の光学的調査は有効であると考えられる。本研究では,一つに本画冊について詳細な調査を行い,復元案の当否を問う。次に元時代の絵画中類似しているものを探求し,その複雑な絵画伝統のあり方を明らかにする。さらに,日本・鎌倉時代の「玄奨三蔵絵巻」(藤田美術館)とその図様を比較し,大きな視野で本画冊の史的位置をとらえ直す。それによって,中国における絵画と文学の複雑な関係を解明していく端緒としたい。⑫ アメリカ風景画における新要素の導入研究者:東京家政大学非常勤講師人見伸子アメリカ美術の歴史はかれこれ200年余にすぎず,ギリシア・ローマ以来の長い伝統に裏打ちされたヨーロッパ美術から見ればまだまだ若く,そういう意味では,江戸末期にようやく西洋絵画と出会った日本の事情と共通点がある。またアメリカ美術といえばどうしても20世紀の現代絵画が注目されるようだが,ヨーロッパ美術を学び吸収して,初めてアメリカの「独自性」を発揮したという点で,19世紀の風景画の存在は無視できない。明治以降の日本の洋画家たちが「独自性」の確立のために日々闘ってきたように,歴史の浅いアメリカ風景画の画家たちにとっても「独自性」は重要な課題だった。ヨーロッパにはない自国の壮大な風景を選ぶことが最も手っ取り早い方法であるが,そ-60-

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