鹿島美術研究 年報第16号
90/116

かにすることによりこのような事態解決の一助としたい。〈価値〉当研究は絵画の享受者をも対象としており,当時の人々の美意識についても再構築することが可能である。このことは美という文字では表わしづらく,伝えにくいことの解明に直結し,絵画の史的な価値を見い出すことができる。また本研究は本画や粉本,画家番付などの資料を用いることから,絵画史研究に有効な資料の幅を広くすることにつながる。〈構想〉本画,粉本,版本,画家人名録,画家番付,展観目録,日記,随筆など岸駒とその一派に関わる資料を集成し,岸派の特質を明らかにしたうえで,岸派ひいては日本美術史における流派とはどのような枠組みを持っていたのかを考える。また享受者との関わりを見るうえで,京都だけではなく地方の顧客層に伝わる記録類の解読と分析を行なう。⑰ 宋元版見返し図の基礎的研究研究者:町田市立国際版画美術館学芸員内田啓一我が国において中国宋元画(絵画史)の研究やそれらが日本に与えた影響については研究者の数も多く,また大いに注目されている。山水画だけでなく,仏教絵画についても宋風表現は至るところに見られ,また,鎌倉彫刻(仏像)に関しても宋様式を度外視しては研究は進まないと言ってよい。それに対し宋元版見返し図については多く伝来するものがあるにもかかわらず,図様に対して詳細な検討は少なく,ましてその影響については美術史の中で論じられることはない。従って宋元版という曖昧な語句で概観され,抗州や楊朴1といった具体的開板地,そして刻工などの問題に一歩踏み込んだ研究も少ない。この度の基礎的調査研究では現在確認できる作例から,より具体的なデータを集積しようとするものであり,それによって宋元版画の流れをより明確なものにしようと意図するものである。見返し図の構図,内容,詳細な図様は美術史的なアプローチで研究を進め,開板地や刻工等の問題は印刷経典として書誌学的なアプローチで問題点を浮び上がらせたい。そして将来的には朝鮮半島への影響と日本への影響も視野に入れ,東アジアの美術と印刷文化の一面を明らかにする端緒としたい。-64 -

元のページ  ../index.html#90

このブックを見る