鹿島美術研究 年報第16号
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(1)貧弱な身体は,全体につながるテーマとして先述した通りである。開が生じる過程を考察し,狩野派様式の果たした役割も探っていく。一方,浮世絵においては,物語絵や歌仙絵は「見立て」の趣向がくふうされ新しい図様へと展開した。いわゆる狩野派正系の絵師は浮世絵師と一線を画したが,御用絵師の立場を離れた活動で個性を発揮した清原雪信や英一蝶の作品には「見立て」による浮世絵に通じる要素が見られる。様式の因襲的な継承という負の評価から脱して,狩野派門下の絵師の画業に世俗や時流にも関連した大和絵の展開を跡づけたい。物語絵や歌仙絵など大和絵人物図について,江戸狩野派の様式の問題を,探幽作品と清原雪信作品の比較検討を中心に考察するだけでなく,江戸時代の大和絵の展開の上でどのような意味があったのかを明らかにしていく構想である。⑭ 視覚資料から見た近代〈日本人〉の身体像の形成研究者:千葉大学非常勤講師・東京大学大学院博士課程北原●その意義・価値本研究は,博士論文(東京大学へ提出予定)の基礎調査となる部分を構成する予定である。日本人の健康観,衛生観,病観については,最近さかんに分析が行なわれるようになったが,その際用いられるヴィジュアル・イメージは挿絵か参考程度であり,そのイメージそのものを分析対象とした研究は,日本においては寡聞にして知らない。真実を映し出す「科学・医学」の表象という思い込みは薄れつつあるとは言え,それらの図像を生み出した背後にある身体観まで分析するという視点は,少ない。図像に描かれた表象の真偽を検討するのではなく,そこに託されたメッセージと意味を読み解く。「近代日本人」の「良い身体」像は,必然的に,他者としての病者,異人像などを作り上げる。それらのいわば相互作用として「日本人」という自画像は形成されるわけであるが,そこに表われた共存,排他の表象は,ハイブリッド化の進む現代にあって重要な史料となるはずである。●構想(2)産む身体貧弱な身体像を克服するために,福沢諭吉ら啓蒙思想家や為政者が考えたことのひ恵69 -

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