1 :幕末および明治初期に刊行された一般大衆向け画手本や画譜,鉛筆画教科書,明3 :東京美術学校の第1回入学生としてフェノロサの教えを受け,狩野友信,狩野芳そこで,本研究の目的を,明治期の美術教育の実態に迫るアプローチのひとつとして,毛筆画教科書の形成要因を究明することに絞りたい。申請者は,この研究について以下のような構想を持っている。治中期の毛筆画教科書までを視野に入れて網羅的に調査し,それらにいかなる連続性が認められるか,あるいは認められないかを確認する。特に以下の2点について,いつ頃,どのようにして,日本の絵画学習に導入されたのかを明らかにする。①直線の練習から始まり,簡単な線の組み合わせ,器物の正面図,花鳥,山水風景,人物といった順に段階を踏んでいく体系性。②一冊の画帖や教科書に収められた何種類かの手本をすべてマスターすれば,一段高いレベルに進むことができるという学習システム。2 :京都府画学校関係の画家たちによる毛筆画教科書について,題材選定の特徴やその配列の体系性を明らかにする。崖の高弟でもあった岡吉寿に着目し,彼の著した毛筆画教科書における題材選定の特徴やその配列の体系性を明らかにし,1, 2で得られた結果と比較する。以上の手順で本研究を実行に移し,毛筆画教育成立の謎に迫りたい。⑯ 富本憲吉の模様に関する未刊行資料の基礎的研究研究者:奈良県立美術館副館長兼学芸課長宮崎隆旨富本憲吉の陶芸の特質はその創作模様にあると断言できる。「模様から模様を作るべからず」,即ち,過去に他人が用いたどんなに魅力的な模様も全て脳裏から切り捨て,あくまでも自身が見て感動した自然の対象をスケッチし,それを模様化することを,富本は終生かたくななまでに守った。その意味で,特に富本憲吉の場合は,模様の根源をなすスケッチや模様図巻類を集成し,その各々を陶磁器作品の模様と比較対照することは,重要な意義を持つことになる。また,一つの模様が定着するには幾多の紆余曲折を経たものが少なくなく,そのこ-71-
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