たな一指標となりうるからである。周知のとおり俵屋宗達画(以下「宗達画」)の研究においては,その基本資料が極めて少ないことから,これまで彼の落款や印章,画風等の具体的な比較検証によって主に進められてきた。そして今日の研究ではエ房による制作説が前提となって各伝称作品の検討が進められつつある。それは宗達の下に何人かの弟子の存在を想定しながら,宗達画の分類や制作年を具体的に検討していく方法である。だが工房のあり方や師弟の実態が掴みきれないまま想定を重ねていくこうした方法では,肝心な作品個々の制作年代を見極めていくに十分ではない。この点について,今回提示する烏丸光廣の花押形態の変遷を新たな一指標として適用することにより,宗達画が現在抱えている問題については若干でも解決の目処がたっ。つまり頂妙寺蔵「牛図」や東京国立博物館蔵「関屋図屏風」のような,宗達画に烏丸光廣が着賛した作品,しかも花押を書き添えてある実作例については,そこで使用している花押がいつ頃のものなのかを明らかにすることで,宗達画の制作時期がほぼ限定されることになるのである。本発表ではこれまで実見調査の進んだ分に限って,光廣の花押用例を年記順に追いながら花押形態の変遷過程を具体的に検討し,それを一指標と成して明示し,作品の制作年を試みに絞り込んでみる。ただしここに提示する私指標は,いまだ試作の段階であって,宗達画の制作年を検討する上での客観的資料として使用するにはまだまだ不充分なものであることは否めない。今後も実見調査を重ねていくことで用例の収集と追加登録をおこなっていった上で,烏丸光廣の花押形態の変遷過程が確実に解明できた時,完成した指標は宗達画研究における重要な基本資料になりうると考える。が付属している例が少なくない。それらを見ると式はどれもほぽ同様で,識語の後に年記と花押を付すのが通例である。そこで現在までに確認してきた遺例を年記順にならべ,それらに付す花押を一覧した結果,光廣が用いた花押の形態は徐々に変化していったことに気付いた。実はこの変遷過程を具体的に追って検討することは極めて重要である。なぜなら画家・俵屋宗達の作品群を検討していくための新_ 15 -
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