② 「シャルトル大聖堂のステンドグラスにおける『慟く人々』のイメージ」発表者:名古屋大学文学部助教授木俣元一それぞれの窓を大聖堂に寄進したシャルトルの同業組合(職業集団)が自らの姿を窓に描き込ませたものであると,19世紀以来とくに論証されないまま考えられてきており,これは現在ではほとんど定説化してしまっている。そればかりでなく,この説は,窓に描かれた聖書や聖人伝などを典拠とするその他の図像を解釈し,大聖堂全体を統括する図像プログラムについて考察する上でも,重要な前提の一つとなっている。このような状況に対し,本発表は,問題点を整理し,学説史の検証およびイメージ自体にそくした分析からこの説を再検討しこれに異議をとなえると同時に,当時のテキストやイメージにもとづいてキリスト教会の社会的イデオロギーの中にこれらの働く人々の表現の意味をさぐろうとするものである。この学説は安易に形成され,その継承のどの段階でも精密に論証されないまま現在に至っている。寄進者を表すイメージの伝統に照らしてみると,作品の周縁部という位置の点では共通するものの,従来は建築や作品のミニチュアを捧げもつ例が一般的で,働く姿で描かれた人々を寄進者像とする先行例はまったくないし,この後もそうした例はない。もちろん《よきサマリア人の讐え話》の窓(Corpusvitrearum, baie 44) では,「靴職人たちが捧げた」という銘文と窓のミニチュアを捧げる人々が描かれ,靴職人による窓の寄進を表す。しかし,こうした伝統的な形式に従う寄進者イメージの存在は確かに窓の寄進行為がありえたことは示すが,逆にそれ以外の働く姿で描かれた人々が窓の寄進行為と直接関連しないことを示唆してもいる。さまざまな職業集団による窓の寄進があったかどうかと,働く姿で彼らをとらえるイメージが寄進者の表現を意図していたかどうかは別の問題であり,切り離して考えなければならない。さされたステンドグラスには,主として窓の下部にさまざまな種類の手工業者,商人,両替商,農民などを自らの仕事にたずさわる姿で描く作例が多数残る。なかでもシャルトル大聖堂におけるこうした働く人々の表現は,現存するうちで最初期の例であるとともに,42点(うち39点が現存)もの多数の窓に見られる。ところで,シャルトルのこれらの表現は,13世紀初頭から中期にかけてフランス北部で製作16 -
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