鹿島美術研究 年報第17号
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⑦ 近代日本画における自然主義から写生主義への通史的研究・伝統的な描法や空間構成を用いながらも,描かれた場面は同時代に起こった事件であり,「火事絵巻」とひとくくりに述べてはいるが,それぞれの絵巻は特定の火事や具体的な場所を示唆した個別的なものであるということ。(その上でフィクションか,ノンフィクションかの問題についてはさらに個別的かつ慎重な検討を必要とする)このため,図様の類似性以上に各々の作品が示す差異に十分な注意が払われなければならないであろう。以上の事柄をふまえつつ,「火事絵巻」制作という御用の意図とそれに応えるために絵師たちが選択した方法について考察を加えることは,江戸時代,特に幕末期御用絵師たちの活動の一端を明らかにし,ひいてはそれら絵師達にとって絵巻物という表現形式がいかなる意味をもっていたのかを明らかにしてゆくための,少なからぬ意義をもつものと思われる。研究者:山口大学教育学部助教授近年,明治期の美術史研究の内容は,明治美術研究会の活発な活動などに象徴されるように,ますますその厚みを増してきているといえます。また大正期に関しても,この期の美術状況の考察に焦点をあてた出版物や展覧会の開催が相次ぎ,その状況や実体がかなり明らかになりつつあるともいえます。この調査研究も,こうした近年の研究状況の成熟化をふまえた上で,この二つの時代の特徴的な傾向を通史的観点から再度見直すことを目的とするものです。また近代日本画史の分野においては,近年『日本美術院百年史』が刊行され,岡倉天心が主導した歴史浪漫的傾向を重視した理想主義の流れが,かなり明確に顕彰されつつあります。この天心の説く理想主義は,明治期にあっては自然主義とはある面では共通の基盤をもちながらも,描かれる内容に関しては対極的な位置にある傾向であるということができます。今回のこの調査研究は,将来におけるそうした近代日本画史における自然主義から写生主義への流れと,理想主義の流れとの相違点や共通点を検討する比較研究にもつながる可能性をめざしたものでもあります。さらにこれまでの近代日本画史においては,自然主義や写生主義についてはほとんど総論的立場で述べられてきたものが多かったのに対して,このたびは具体的な作家39 -菊

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