た。しかし,その研究は「記号」関係論や規則的画像配置論に支えられていたため,イデオロギー的で,作品から遠ざかってしまったように思われた。その反動として,当時の壁画制作者の目を重視して,動物像と当時の動物との比較をもとに古動物学的,また行動生物学的研究,また岩面の形状の利用・統合についての研究などが進められている。不可解な〈記号〉の研究は一見これらの流れと反するが,現地調査に基づく作業は制作過程において制作者が選択した事物,あるいは空間に影響された事物を知るという点で研究態度を同じとする。本研究では,〈記号〉は動物像という明確に同定できる画像に対して,その他すべての画像として扱われる。従って,〈記号〉の定義は広範囲にわたる。手始めとして動物像との関係におけるこれらの〈記号〉の特質を探る。それらは自ら動物像の特質も浮き出たせるであろう。近年,洗練されてきた直接年代測定法,再検討されつつある様式論には本研究ではあまり触れていないが,マドレーヌ文化の壁画であると帰属する際に年代決定法を抜きには研究は進まない。動物像と〈記号〉の関係からこれらの問題に言及できるかどうかは,本研究次第である。⑩ 両大戦間のフランスにおけるフォーヴィスム研究者:東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程田中容子20世紀初頭の重要な美術運動とされるフォーヴィスムは,定義が非常に難しく,その実体は現在でもむしろ曖昧である。これまでのフォーヴィスム研究は,多くの場合フォーヴィスムと過去の前衛美術運動(印象派,後期印象派,新印象派)との連続,あるいは断絶を問題とし,フォーヴィスムを相対化することで,この運動の歴史的な意味をはかろうとするのが常であった。しかしフォーヴィスムとは何か,との問いに答えるためには,1907年に終わったとされるフォーヴィスムの把握につとめるだけでは不十分であり,20世紀初頭にヨーロッパ各地で見られた様々な表現主義的傾向の中から,なぜフォーヴィスムが20世紀の最も重要な前衛美術運動のひとつとして認識されるに至ったのかを明確にする必要があるだろう。本研究はフォーヴィスムが美術史の内部で生成した過程と両大戦間のフランスという地理的,時代的な文脈を検討する41 -
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