鹿島美術研究 年報第17号
94/110

期三点について,前景に表された静物や人物モティーフがそれぞれ意味を有し,作品全体としてはキリストの受難を物語る構成になっていることを美術史学会,日蘭学会で発表したが,本研究は,その後のつまりアールツェンの後期宗教世俗画を対象とするものである。後景に「姦淫の女」を,前景に野菜や鳥を商う人々を表したそれらは,同画家の前期宗教世俗画とは異なる内容を持ちながら,力強い構図に充分描き込まれた細部を持つ,画家の代表的作品の一つとなっている。特に前景部分が,弟子ブークラールに採られ多くの類似作品を産んだ他,前景部分がマタムによって複数版画化されるなど後代に与えた影響も非常に大きい。一連のそうした作品の流れの中で,「姦淫の女」はほどなく画面から消え,「鳥や野菜を商う人々」を表した風俗画として独立していく。このような現象は,アールツェンの前期宗教世俗画を出発点とした作品群にも見られるが,詳細に見るならば,そちらでは後景部分が比較的長い間表現される,(また,時として後景部分が前景に進出する)のと対照的である。従って,後期の宗教世俗画の前景後景の関係を考察し,それがどのような形で後代に伝えられ広まっていったかを検証することは,風俗画の一つの出現・独立過程を実際に後づける意味を有する。また,宗教部分が比較的長らく残っていく〈マリアとマルタの家のキリスト》と比較することで,主題の存続を分かつ要因について考えたい。いずれにせよ,宗教画から世俗画へと大きく時代が変わっていく中で,宗教世俗画という特殊な形,寓意による組直し,教訓の付与などが生じ,それが次の変化の要因となっていくことが明らかにされるであろう。⑭ アメリカにおける日本美術批評—サダキチ・ハルトマンを中心に一一—研究者:早稲田大学會津八ー記念博物館助手志祁匠子本研究の最終的な目的は,美術史的な見地から,アメリカにおける日本イメージの形成を明らかにすることである。造形芸術が伝えるイメージは,もっとも直裁であったはずだからである。それはたとえば,(1)芸術家が作品に取り入れた日本の風物や日本美術特有の造形表現,(2)日本美術の実作品,(3)研究者・批評家による日本美術論などから形成されていると言えよう。申請者は,これまで(1)については,ジョン・ラ・ファージに,(2)については,シカゴ万博とセントルイス万博における日本美術に言及して研究をおこなった。本研究では,(3)の美術批評家の日本美術論と扱うことになる。-68-

元のページ  ../index.html#94

このブックを見る