選考委員は,これに先立ち,「鹿島美術研究」掲載の対象となる研究報告のすべてを読んだ上で,当日の選考委員会に臨んだ。選考委員の間で,剣な意見交換を繰り返し,一次,二次,三次と授賞候補者を絞り込んだ。その結果,第7回鹿島美術財団賞と,それに次ぐ優秀賞の授賞者を内定し,本年3月14日開催された鹿島美術財団理事会において承認された。財団賞は,日本・東洋美術分野から青山学院大学非常勤講師須賀実穂氏,研究題目は「米国所在天神縁起絵巻の研究ーニューヨーク,パブリック・ライブラリー所蔵スペンサー本を中心に一」,そして,西洋美術分野から早稲田大学大学院文学研究科博士課程松原典子氏,研究題目は「エル・グレコ《ラオコーン》再考」である。では,水野敬三郎委員による須賀実穂氏の授賞理由を読み上げる。須賀実穂氏はかねてから天神縁起絵巻諸本の系統関係について研究を進め,コンピューターによる画像処理など新たな方法を駆使して注目すべき成果を挙げてきた。今回,本財団の助成によりアメリカ所在の天神縁起絵巻を調査し,中でもスペンサー本6巻が,日本所在の杉谷本とあわせ考える時に,この縁起の絵画化の問題について重要な示唆をもつ作例であることを明らかにした。それらの画面の分析を通じて,まず,この二作例からその存在を確実に想完できる共通の祖本が,承久本と密接な関連を持ち,しかも承久本以上に原典の詞文に忠実であったこと,それは下絵もしくは草稿画であったと考えられることを論証した。そしてその祖本はおそらく建久本縁起文の成立を機に絵画化の企図され,草稿画として作成されたものであり,その直後に承久本の制作が計画されて未完に終わり,40年ほど経て後,先の想定祖本と承久本の双方の画面を基底とした新たな画面集(弘安本図様)を作って縁起絵巻の転写,普及を実現した,諸本系統に関する鳥鰍図を描くに至っている。それはなお,仮説であるとはいえ,極めて説得力に富む立論であり,鎌倉初期の名作である北野天神縁起絵巻の位置付けに関する重要な提言を含み,また天神縁起諸本の関係の解明にまさに迫るものとして高く評価される。次に,大高保二郎委員による松原典子氏の授賞理由を読み上げる。_ 13 -
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