味においても特筆に値するだろう。当時のスペイン絵画として類稀な大胆さで描かれた瀬死のラオコーン父子の裸体は,エル・グレコの描いた最も彫塑的な人物像のうちに数えられるであろうし,構図上の共通点は見いだせないとしても,ルネサンス以降の美術に忘れがたい記憶を残した,かの古代彫刻《ラオコーン群像》(ヴァチカン美術館)を直ちに思い起こさせる。こうした《ラオコーン》の示す彫刻性は,極端に長身化された炎のような形状の人物が織りなすエル・グレコの絵画作品が継続的な彫刻ヘの関心を暗示していること,また彼が若干数ではあれ彫刻作品を残していることも実なのである。本発表ではこの点に改めて注目し,画家エル・グレコと彫刻との関わりについて作品と理論の双方から再考したい。それは,彼の他のどの作品よりも彫刻との強い結びつきを示す《ラオコーン》のより明確な理解につながると思われるからである。エル・グレコと彫刻に関しては,ManuelB. CossioのモノグラフやHaroldE. Wetheyのカタログ・レゾネをはじめとする主要な研究書においても補足的に論じられてきたが,エル・グレコと彫刻との関わりとして注目すべきは,第一に初期から晩年に至る彼の絵画作品に認められる彫刻との関連性を示すモチーフ,第二には,絵画制作の準備段階で採用された小型彫像による人体描写および構図の研究,という2点である。エル・グレコ自身の本格的な彫刻作品も存在するが,それらは祭壇装飾プログラムの一環として受注したもので,デザインはともかく実制作に画家自身がどこまで関与したかという議論から始める必要があるため,本発表では詳述は避ける。上記の2点の検討から導かれるのは,エル・グレコが彫刻をそれ自体として評価するのみならず,絵画制作を補助するものとして重要視していたということである。今の彫刻の研究はルネサンス画家の常套手段であるが,エル・グレコもその例にもれ教画家エル・グレコによって描かれた現存する唯一の神話画である。加えて,異教的なものを排除しようとする厳格なカトリック体制下にあった17世紀初頭のスペインで制作されたという事情からも,従来の研究はこの異教主題の裏に隠されたキリスト教的メッセージを探ることに集中してきた。られた強い意欲と彫刻への関心を伺わせるというしかし他方でこの作品は,画家の人体描写に向け22
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