⑭ 紫式部日記絵巻における「つくり絵」の変容る。本研究は写真の利用という観点を導入することで,従来行われてきたマティス研究に,いわば「メデイア論」的な次元を付け加える。これはこの画家の一層深い理解に資するだけでなく,より一般的な効果としては,芸術家を一個の社会的存在として捉えることを可能にする。マティスが活躍した19憔紀末〜20世紀半ばは,美術史において,芸術が社会と絶縁し,自らのうちに閉じこもってゆく過程として捉えられてきたが,実際には,芸術家達もまた必然的に,社会と何らかの関係を取り結ばざるを得なかった。そうした事実を冷静に受け入れ,利用可能な手段(=写真)を駆使して,むしろ積極的に,自己と社会との関係の在り方を定義していこうとした芸術家がマティスであった。絵画制作もまた一つの労働であり,その意味で他の活動と同じく,社会の中で一定の位置を占めているということを,写真による記録を通じて明らかに示したからである。そのような視点から再びマティスを検討することが本研究の構想である。研究者:武蔵野美術大学非常勤講師細井「紫式部日記絵巻」が「源氏物語絵巻」以来のつくり絵絵巻の伝統から,何を継承し,何を新たに創造したのかを,「絵の物語る機能」に注目しつつ明かにする。具体的には先行作品である「源氏物語絵巻」「寝覚物語絵巻」との比較により,「絵によって何を語るか」という制作者の意識の変化を探る。またその背後にある鎌倉時代の絵画動向を探ることにより,「紫式部日記絵巻」が単なる伝統の継承ではなく,鎌倉時代絵画としてのより積極的な一面をもつことを確認したい。そのために,同時代の伝統的なつくり絵作品のなかでも,精緻な装飾性と幾何学性を重視した構図で知られる「久保惣本伊勢物語絵巻」と「伊勢物語図(小野の御室図)」の2点との比較を行い,鎌倉時代に制作された伝統的つくり絵が表現上の優先順位を何においていたのかを明らかにしたい。さらに絵巻の展開史のなかでの「紫式部日記絵巻」の位置付けと,鎌倉時代絵画史のなかでの「紫式部日記絵巻」の位置づけの交差点を呈示することによって,つくり絵絵巻の展開史における「紫式部日記絵巻」の位置づけを行う。そのために,上記の作品以外にも「平治物語」のような他ジャンルの絵巻作品との比較によって鎌倉時代の絵巻の画面構成の感覚を探る試みや,肖像画としての側面に着目して似絵として-61 -
元のページ ../index.html#87