て不安定な状態にまで陥ってしまう。選挙の期間になると台湾全島はまるで活火山のように,人々は極めて興奮した状態に陥ってしまうが,それは混迷の深刻さを現している。なぜ,そのような混迷,混乱が生じてしまったのか。因は終戦後に台湾で生まれ台湾で育った台湾人が自国の歴史についての認識を欠いているからである。なぜならば,終戦後から戒厳令が解除される前までの間には,台湾において台湾史は中国史の一部であり,小学校,中学校,高校では悠久の中国史の本流を教え,台湾自体の歴史はあまり取り上げられなかった。特に,日本植民地当地の半世紀になにが行われたかについては,あたかも空白のように扱われた。しかし,戒厳令が実行されている期間中には,その現象は問題にはならなかった。すべてのマス・メデイアが政府にコントロールされること,及び文化・教育当局が「中華民国が中国を代表する唯一の政権」と教え続けたため,異常現象が正当なことになってしまったと思われる。しかし,戒厳令解除後,嘗て,日本やアメリカで反政府運動を続けてきた人たちは,ようやく台湾に帰国できるようになり,長期間口を閉じてきた台湾在住の歴史証言者も口を開くようになって,人々は言論の自由という新たな時代を迎えた。ところが,それまで,反政府言論を耳にしたことがなく,しかも台湾の歴史を知らない終戦後に生まれてきた人達は,いきなり激しい論争の中に歴史の真偽弁別を強いられた。ところが,台湾の人々にとってアイデンテイティと所謂民族血が騒ぎだしているが,歴史の基礎知識さえ持っていないために群衆運動に身を投げがちとなり,それが今日のような混乱を引き起こしてしまったのである。したがって,台湾の歴史の全体を明らかにすることこそが解決方法であるのはいうまでもない。本研究は,日本近代史の隙間を埋め,台湾の歴史の流れの繋がりに役に立つだけではなく,騒ぎ立てる台湾人の心の鎮静にも役に立つ。また,植民地における美術教育事業は台湾新美術の萌芽や台湾現代文明の発展に大きな役割を持っている。したがって,本研究の結果は,台湾近代美術史において日本植民地時代をより客観的かつ総合的に批評するためにも貢献できると思う。うならば,混迷の原-65-
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