鹿島美術研究 年報第18号
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体性に欠けていた大雅の画風形成期の動向や,画業全体における大雅の志向そのものを明確化できるということにある。もう一つの意義は,既に述べたとおり,大雅という具体的な画家の営為を取り上げることにより,室町水墨画と江戸時代文人画の関係の一端を明らかにすることができるということにある。また本研究の価値は,室町水墨画以外からの影響関係,すなわち,大雅が琳派や土佐派に学んだとされる見解などについて,今後解明してゆくための方法論が確立できることにある。更に本研究の成果により,今後大雅以外の画家の動向に目を向けることも可能となることにも価値が認められるが,これは,より大観的な立場からの中世・近世絵画史の再編,すなわち室町水墨画と江戸時代文人画との関係解明といった今後の構想にもつながってゆくものである。⑲ ニコラ・プッサンにおける古代美術の受容―プット表現を中心に一研究者:慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程望月典子プッサンの作品と古代美術との結びつきは,同時代の伝記作家や批評家が記述し,18,19世紀を通じて強調され,今日に至っている。その論調は多くの場合,プッサンの芸術の独自性を尊重し,その古代的性格を一般的,抽象的なものと見なす傾向にある。すなわち彼は古代美術の猿真似的な模倣は行わず,美の理想としての古代の特質を完全に己のものとした後に作品化したのであり,プッサンと古代との関わりは,少数の例外を除いて,古代美術の中に具体的な視覚上の着想源を識別出来るようなものではないとされた。あるいは,プッサンが古代美術に負っているのは,髪型や衣装など時代考証上の細部やある性格や年齢を典型的に示す古代彫刻の人体比例であるとされてきた。そのような動向の中で,エマリング(1939)からウィットコウワ(1975)を経てブル(1997)に至る研究では,一般化を超えて,初期から中期に描かれたいくつかの作品ついて具体的に古代美術の着想源を指摘し,プッサンがルネサンスの作品からヒントを得た構想を最終段階において古代の形に引き戻すという特徴を抽出した。また申請者は修士論文(1999)において,晩年の神話風景画に描かれた横臥ニンフ像を分析し,プッサンが古代のプロトタイプを採用しつつ,ルネサンスのバリエションを応用してその意味を付加しながら,作品に組み入れていく過程を示した。その研究成果を受けてプット図像を軸に,初期作品から晩年の作品に至るまで,古代と-73 -

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