鹿島美術研究 年報第19号
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1884)と同様に,まずは地方画壇で活動した画家としての位置付けを確認できるだろう。その上でさらに,本研究で秋暉作品を集積することによって,文人画という枠組み以外に江戸後期画壇を取り巻いていた多様な絵画動向と比較しながら,岡本秋暉作品の位置付けと再評価を行うことができる。こうした試みは,江戸絵画史研究の視点を豊かにすることと思われる。③ テイツィアーノの〈ポエジア〉研究研究者:慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程細野喜代近年の「ポエジア」の作品中「デイアナ」を主題とする作品についての政治的意味解釈はデイアナの主題が政治的な意味を持ち得るものであったことを主張している点で意義があるが,この主題の他の作例と,制作時におけるフェリペニ世をめぐる政治状況を充分に考慮していない点に問題があるように思われる。そこで,本調査研究は,まず,デイアナの主題がルネサンス当時に持っていた意味をいくつかの具体例によって明らかにし,さらに,この主題が当時担っていた意味と,この作品が制作された1556年から1559年にかけてフェリペニ世が置かれていた政治状況との対応,関連を検討し,かつ,当時のスペインとヴェネツィア共和国との外国関係も分析した上で,この作品固有の政治的意味を新に提示することを目的の1つとする。従来の研究では,主題選択の重要性についてはあまり論じられてこなかった。しかし,パトロンの存在そのものが政治的であることを考えるならば,テイツィアーノが,どのような意図で,1556年の時点で,フェリペのために,ディアナの主題を選択したかということは,極めて重要な問題であろう。もう1つの目的は,画家テイツィアーノの着想の独自性とその造形的な源泉を解明することにある。「ポエジア」のどの作品の表現も,従来指摘されてきた典拠や源泉と完全には一致せず,さまざまな典拠や源泉を複合し,それらに改変を加えたティツィアーノ独自の創意工夫に満ちた表現となっているため,その形態的源泉を明らかにすることは困難であるとされてきた。しかし,申請者がすでに「ポエジア」の最終作である《エウロペの掠奪》において試みたように,作品の形態,表現上の特異性を分析し,かつテイツィアーノが活動の拠点とした16世紀ヴェネツィアにおける古代美術受容のありかたを検討することで,新たな源泉を指摘することができると考える。-32-

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