鹿島美術研究 年報第19号
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—歴史史料から見た抵抗と対日協力との諸相ー一察を通して,これまで殆ど見過ごされてきた「ポロックにおけるマティスの影響」という論点を切り開き掘り下げることを計画している。これによって,ピカソ=キュビスムやシュルレアリスムといった従来の解釈軸に加え,マティスという新たなそれがポロック研究に加えられることになるであろう。そしてそれは,ポロックおよびマティスが現代美術の歴史において占めている重要な位置を考えれば,現代美術史全体に対してもなにがしかの影響を及ぽすことになるであろう。⑧ 日中戦争下における中国美術家にとっての政治と美術研究者:早稲田大学大学院文学研究科博士課程本研究の目的は,日中戦争期における中国の美術家たちの役割を考え,「政治と美術」という観点からその行動と表現の実相を追うことにある。日中戦争下に置かれた中国の美術家たちの行動と表現は,もちろん画家個人の家庭環境や資質もあるが,近代史における日中両国の相互関係に起因する複雑な政治情勢や,更に中国国内での政治的対立に多角的に引き裂かれたため,多様な道筋をたどったと考えられる。政治と文学の問題は比較的早くに着手され,左連研究をはじめとしてこの方面のアプローチは盛んであるのに比べると,美術の分野では,21世紀を迎えた今日でもなおこうした歴史の検証作業は殆ど着手されていない。基礎的な事実の洗い出しを伴わない近代美術史の定着を黙認することは,侵略戦争の発動者である日本に在住する研究者にとって深く愁うべき問題に思われる。一方,欧米では近代中国の美術に関しての客観的研究は比較的進行が早く,侵略と直接に関わらない第三者的立場からなされた研究は国際的に知られている。これに対して我が国では,近代中国美術家個人や作品だけに限った研究は散見されるが,政治とのかかわりの中で美術を論じたものは見られず,最も資料に恵まれた本拠地であるにもかかわらず戦後50年の成果には少なからぬ不満が残される。本研究は,洋画・国画に関わらず近代における両国の人的往来や政治的関与などから,両国関係史を知る上でも,その意義は大きい。本研究で対象とする10余人はいずれも近代中国の美術史における重要な作家たちと川健一-36-

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