鹿島美術研究 年報第19号
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その周辺の人物である。構想としては,先ず第一次資料としての絵画作品そのものや,作家の遺族の生の証言を現地調査で発掘する。また,民国時代の中国で出版された印刷物等に基づく資料はこの調査研究を通して美術家たちの行動と表現の思想的背景を明らかにし,近代中国の美術史のいくつかの基本的問題の解明に繋げることを最終的な目的としたい。⑨ アンリ・マチス『ジャズ』におけるイメージとテキストとの関係の考察研究者:立命館大学文学部非常勤講師大久保恭子マチスが晩年に主たる活動分野とし,その手法を確立した切り紙絵については,J.フラムやJ.エルダーフィールドあるいはP.シュネデールらによる研究が1970年代に提出されている。これらの論考は,切り紙絵はマチス芸術の到達点を示す重要な作品群であるという点で一致を見せている。その際彼らは,マチスの芸術観は生涯を通して不変であり,作品はその価値観の実現に他ならないということを前提として,先立つ絵画,彫刻との比較のうえで形態分析を行い,作品を発展的に美術史の中に位置づけた。しかしながら,こうした歴史観に立って切り紙絵を理解すると,マチスが活動した時代が持つ問題意識が作品に反映されるという視点が欠落してしまう。マチスが絵画から切り紙絵に活動主体を移した頃のパリおよびニューヨークにおける芸術界の様相,あるいは芸術界を取り囲む社会的状況を含めて作品を分析,理解することが必要である。中でも『ジャズ』は切り紙絵とマチス自身の手になるテキストを含む「書物」という特徴的な形式を持つ。フラムはフォーマリステッィクな視点から『ジャズ』を絵画から別の何かへと動く」ためにマチスの能力を統合した作品であるととらえたが『ジャズ』の特質についての考察は,十分になされたとは言い難い。ひとつには,切り紙絵という手法そのものが内包する素描から裁断への変化の考察,同時に素描と彩色におけるヒエラルキーの転倒が生み出す意味について,発展的歴史観とは別の視点から再考する必要があるだろう。また『ジャズ』の切り紙絵の多くに,文学的題名が附されていた。主題と形態との関わりも,時代の要請としての「構造」という視点で検討すべき問題である。そしてテキストと切り紙絵の取り合わせに関しても,マチス自身_ 37 _

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