鹿島美術研究 年報第19号
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フランスを通したホイスラーと日本の関係を解明したい。現在までのジャポニスム研究では,国別にその研究が行われてきたが,イギリスとフランスは地理的にも近い関係にあり,互いに影響を与え合ってきた。従って,ホイスラー個人だけでなく,ジャポニスム研究においても新境地を開拓することが期待できるだろう。⑪ 古代肖像画におけるエンカウスティック技法の研究研究者:大妻女子大学講師中村るい西洋絵画史の研究において,ギリシアのクラシック期およびヘレニズム期は,多くの画期的な表現(短縮法や明暗表現など)が開発された時期と一般にみなされる。だが,現存作品は限定され,多くの研究が文献資料中心か,または,マケドニア地方などの,特定の墳墓形式における壁画の考察,あるいは民衆芸術とよばれる質素な彩色墓碑の図像調査などに限られてきた。ここで絵画の技法に目をむけると,近年の科学技術を使用した,顔料の色層分析や,画表面のコンピューター断層写真撮影などにより,あらたな資料が公表されつつある。本研究は,これまでの様式表現,図像の研究を下敷きにして,様式や図像をささえる絵画の技術面に焦点をあてるものである。いいかえると,様式や図像を決める重要な要素として,技法を位置づけ,総合的に絵画を検討することが,本研究の目的である。古代絵画作品の資料や,各地の発掘報告書は各論的に扱われる傾向があるが,技法研究は,広範囲のヘレニズム世界(マケドニア地方,アレクサンドリア他)で当時共有されていた技術や,それと表裏一体をなす絵画表現を,ある程度客観的に浮き彫りにできるのではないか。ギリシアでこれまで現地調査を行い,研究の方法を試行錯誤する過程で,徐々に構想が生まれた。「エンカウスティック技法」を用いたミイラ肖像画は,比較的保存がよいこと,まとまった数量が出土していること,科学分析がさかんなこと,また,ギリシア絵画の伝統を継承している点など,技法面の研究の対象として利点が多い。西洋絵画史におけるエンカウスティック技法の位置づけを通して,ヘレニズム絵画の一端を解明することが,本研究の意義といえよう。-39 -

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