14世紀ペルシア絵画発展の全体像が見えにくいからである。実際,この写本を挟んでペルシア絵画は大きな変貌を遂げ,本文と挿絵の関係,さらには挿絵の視覚効果が意識され始めた。そして,特に中国美術の影響に注目する理由は,この挿絵の一般的な「13世紀アラブ絵画の踏襲」「ビザンティン写本の影響が強い」との解釈からでは,この挿絵の本質を見抜くことに限界があるので,今まで無視されがちであった極東から来た新鮮な側面を見ることによって,この作品をもって中国美術のペルシア絵画への影響の開始と位置付け,ペルシア絵画史上での再評価に繋げたいと思うからである。中国美術の影響は背景の岩,木,植物,雲の表現によく見られるが,すべてがただの模倣ではなく,13世紀アラブ絵画でよく見られる背景を埋めるだけの装飾的効果は薄れ,風景という概念を理解した上で意識して配置していることがうかがわれる。特に雲は,それ自体は13世紀の中国や中央アジアの織物からの模倣であるが,単に屋外を意味するだけでなく,ストーリーに応じてその色,形,位置を変えている。「アリーの任官」の場面(f.162a) のように,雲を使って場に緊張感を与える手法は,この写本の挿絵から始まったとっても良い。「受胎告知」の場面(f.141b)では,仏画からの影響も感じさせ,衣装などは完全に中国式であり,多民族,多宗教のイル・ハーン朝の性格を色濃く反映し,史料的価値も高い。イスラーム美術研究は長らく西洋世界に支配されてきた。しかし,21世紀を迎えた今,宗教美術としてではなくアジア美術の一部門として,その評価を正す必要がある。この調査研究は,私が東洋人として,イスラーム美術研究の発展に貢献出来る事と信じている。⑲ 棟方志功の版画制作における文学的主題について一―ー詩歌を中心に一ー・研究者:福島県立美術館副主任学芸員吉村有子元来文学に大きな関心を持っていた棟方志功は,制作活動の初期から文学作品を主題に数多くの作品を制作している。それらの作品は,文学作品の詩句や文章が共に表されたもの,文学作品の内容から霊感を得て表されたもの,文学作品の挿絵や装丁という形をとって表されたものと多様な形をとりながら,棟像独特の想像力とエネルギーが十二分に発揮された世界を創り出している。-46 -
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