終えるが,汝窯青姿の意匠や技術的影響は,南宋官窯青姿に引き継がれ,華南の青姿生産に強い影響を与えた。特に,浙江省南部の龍泉窯では,南宋官窯青姿の影響により,日本で「砧青磁」と呼ばれる粉青色の上質な青姿が生み出され,南宋代後期以降の華南地域の代表的な青姿のとして中国国内で広く用いられるだけでなく,海外にも盛んに輸出され,世界の陶姿生産に強い影響を及ぽしたのである。このように耀州窯は,中国の青姿が唐代から宋代にかけて発展し,華南・華北で名窯が輩出する過程において,意匠・技術の系譜を伝える結節点ともいえる役割をはたした可能性が高く,その意匠・技術系譜の明確化は中国陶姿史研究に資するところが大きいと言える。本研究では,耀朴l窯青姿の編年作業と他窯製品との比較を通じて,その意匠・技術的系譜を明確化するとともに,中国の青姿発展過程における耀州窯の位置づけを明らかにする予定である。⑳ ケルト美術史上におけるエトルリア文明の影響—パルメット・リュラー文の変容を中心として一一~研究者:立命館大学大学院文学研究科助手,博士後期課程望月規史ケルトがアルプスを挟んだ地中海世界との交易活動を繰り返していたにも関わらず,その事実はあまり注目されていない。特に,ケルトとエトルリアの美術史上の関係性については,一般論は別として殆ど研究対象となって来なかったといってよい。従って助成申請者の研究はその具体的な研究のひとつとして価値あるものであると信ずる。また,我が国におけるケルト美術の展示紹介は,1998年に東京都美術館で開催された「ケルト美術展」によってなされている。一方,エトルリア文明とその美術に関する最初の大規模な展覧会としては,1990-91年のブリヂストン美術館開催の「エトルリア文明展」が挙げられる。しかし双方の展覧会とも,それぞれアルプスを挟んで同時代に存在していた互いの文化集団との関係についての言及は殆ど見られなかった。そのためこの研究は,ケルト美術の成立契機の解明のみならず,これまで別個に日本に紹介されてきた二つの美術の関係性を明らかにする上でも,意義あるものになると考える。-48 -
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