鹿島美術研究 年報第19号
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史料からも確認する必要がある。なお,中国仏教史の分野では隋代に末法思想が流布し始めたことが明らかにされており,また安田治樹氏の涅槃図研究によれば,隋代の涅槃図は陶磁末法逼迫を憂う思想内容を多く反映したものであるという。したがって,当時の末法思想との関係についても考慮したい。さらに,画題の選択に根拠となる思想がみられるかどうかも重要な検討材料である。例えば,『法華経』中の有名な讐喩である羊車・鹿車・牛車の三車は,隋代419窟には見られるが,第217窟など初唐・盛唐の代表的な大画面法華経変相図には確認できず,法華経変の構図が提携かしてくる中唐になってから再びあらわれるという,時代による相違がみられる。このような視点から,法華経美術の思想的背景を明かにすることを目指している。⑳ 蠣崎波響の画業研究研究者:北海道大学大学院文学研究科博士後期課程白石恵理今回の調査研究の目的は,蠣崎波響の画業全体を捉え直すことにあるが,これは同時に,近世蝦夷における美術の伝播・交流という問題を考えることでもある。波響という一個人の京・江戸での交遊や制作活動が松前藩や蝦夷地にどのような波及効果をもたらしたか。波響の門人たちへの画風や画題の伝播はもちろん,当時の蝦夷地でアイヌ絵を描いていた他の画人たちへの影響など,これまで見えてこなかった芸術的つながりが,少しずつでも明らかになる可能性がある。さらに,波響の注文主にも調査の手を広げることで,近世蝦夷(および,幕府直轄期の松前藩の移封地,福島県梁川)の絵画の受容者層の実態がある程度把握できるものと考える。当時辺境の地であった蝦夷の絵画を取り巻く状況の解明は,近世美術史の裾野を広げる仕事でもある。⑳ 近代木彫と明治大正の伝統木彫-佐藤朝山を中心に一一研究者:福島県立美術館学芸員増渕鏡良質な木材が豊富な日本においては歴史的にみて建築や日用品の材料の殆どが木で-54 -

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