鹿島美術研究 年報第19号
93/114

故か。この問いは地域や時代を問わず,あらゆる美術史研究において最重要の命題の一つであろうと信じる。申請者の研究対象である伊藤若沖は,18世紀の京都を代表する画家の一人として広く認知され,先学者たちの弛むことのない営為によって,その画業の全体像が把握されつつある。しかしながら,個々の作品の様式的側面に関しては,いまだ多くのことが明らかにされているわけではない。若沖という一人の画家の名を史上にとどめた原動力とは,何よりもまず,その絵画の魅力に求められるであろう。若沖の絵画様式はいかなる要因や過程を経て形成されていき,そして私たちの眼に魅力をもって訴えかけるのだろうか。実際に,若沖画の魅力とは何であろうか,という問いに対して,作品に即して十全な回答を提出している先行研究はいまだないように思われる。申請者は,若沖の絵画様式の生成を個々の作品に即しながら明らかにし,私たちは若沖画のいかなるところに魅力を感じて賞揚するのか,という問いについて回答を提出したい。そのためには単に作品の様式論的な考察のみではなく,広く時代的な背景や百花線乱と形容される当時の京都画壇の状況をも視野に入れることが必要不可欠となってくるであろう。そのなかで,どのように若沖という画家と若沖画が位置付けられていくのかを克明に語っていきたい。⑭ 平安時代の「折枝散らし文」について研究者:兵庫県立歴史博物館学芸員橋村愛子平安時代において,装飾経や漆工芸品などの幅広い作品に用いられた「折枝散らし文」の意匠は,単なる装飾としての時代的嗜好性をはるかに越えた展開をみせている。およそ11■12世紀にかけてとりわけ愛好されたこの意匠は,身近な植物一例えば秋草や楓,藤,桜,橘などーをモチーフとし,まるで虚空を浮遊するかのような文様構成などを特色とする。従来この「折枝散らし文」は,平安時代美意識の和様化が進むなかで完成した文様として捉えられており,漢に対しての和,公に対しての私,などといった二元的な観点からの位置づけがなされてきた。しかし,平安時代後期の約二〇0年間にわたって用いられ続けたこの意匠を仔細に観察するならば,文様形態や様式の多様性を知ることが容易に出来,単純な二分法では決して括り得ない複合的な展開-67 -

元のページ  ../index.html#93

このブックを見る