⑲ 13世紀フランスを中心とする聖書図像の伝播・交流に関する研究13世紀,フランスを始めとする西欧諸国における聖書図像の展開は重要な転機を迎像の調査に努め,さらには僧伝に頻出する荊洲,江州,南京など長江流域の都市及び博物館に点在する美術作品を踏査したうえで,総合的に南朝の仏教美術の実態を考察する。本調査研究が終了した後は,詳細な南朝仏教美術史論を構築する方針である。研究者:名古屋大学非常勤講師駒田亜紀子える。当時の神学研究の中心地であったパリ大学を擁したフランスでは,様々な美術作品,なかでも写本挿絵において,聖書図像の伝播・交流が極めて盛んであり,こうした文化状況が,これ以後中世後期全般にわたる聖書図像の多様な展開の素地となった。パリ大学の教本として統一規格のもとに量産された小型のウルガータ版ラテン語聖書写本の挿絵装飾や,13世紀前半にフランスの王室構成員のために制作された一連の『寓意註解聖書(ビーブル・モラリゼ)』の詳細な挿絵サイクルなど,13世紀の聖書図像を扱った近年の体系的な研究は,この時期における聖書図像の新たな展開を,具体的な相の下に明らかにしている。しかしながら,これらの研究においては,13世紀以降,写本芸術の受容層として急速に拡大した世俗の読者の間で普及することになる,フランス語等の俗語により翻案された聖書や,聖書の史伝的な説話を有機的に組み込んだ歴史・年代記テキストの挿絵など,世俗写本における聖書図像の展開が,等閑に付されている観は否めない。申請者はこれまで,1295年ころ世俗の読者のためにフランス俗語により編纂された翻案版聖書の一種である『歴史物語聖書(Biblehistoriale)』の挿絵に関する体系的な研究を進めてきた。しかしながら,13世紀,ことに13世紀後半の世俗写本における聖書図像の伝播・交流に関する体系的な研究が未だ行われていない現状では,14世紀初頭以降急速に発展することになる『歴史物語聖書』の挿絵サイクルの成立の背景を明らかにすることは,いまだ極めて困難であると言わざるを得ない。以上のような研究状況に鑑み,本研究では,これまで殆ど顧みられてこなかった翻訳・翻案版聖書や聖書史伝を組み込んだ歴史・年代記写本における聖書挿絵図像を主たる対象としながら,13世紀における聖書図像の伝播・交流の実態を,より具体的・体系的に明らかにしたい。特に,『歴史物語聖書』の挿絵サイクルの成立に重要な影響-72 -
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