れまで言及されることのなかった奈良朝写経における大字写経の位置付けを明らかにすることを目的とする。これまで「書」の研究において「…風で書かれている」「…の影響がみられる」ということは、よく述べられることである。しかしなぜその影響が見受けられるのか、なぜそのように書かれたのか、書体選択の意図について論じられることはほとんどない。本研究は、国家規模での書体の選択には、時の権力者の意識が大きく関与しているのではないかという新たな観点から、奈良朝における権力者である光明皇太后の書に対する意識を考察し、かつて言及されることのなかった奈良朝における大字写経の位置付けを試みるものである。正倉院文書研究の成果は近年目覚ましいものがあり、奈良朝における各々の写経事業も系統づけられつつある。これまでの奈良朝写経研究は、こうした写経事業自体の意図や目的を考慮しないままになされてきたために、各々の写経が系統づけられることはなく、個別に様式的な側面から述べられるにとどまっており、その全体像が明らかにされてきたとは言いがたい。しかし、正倉院文書研究により、明らかになりつつある写経機構の実態とそこで実際に書かれた文字の形を考えあわせることにより、光明皇太后願経である五月一日経、朱印経を軸として、かつて位置付けの困難だった地方経を含む奈良朝写経の全体像を体系的にとらえることが可能となり、あらたな奈良朝写経研究が確立できるものと思われる。② 財宝系ヤクシャ像の系譜に関する研究—パドマニディ・シャンカニディの形成と伝播について_研究者:日本学術振興会特別研究員名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程永田申請者は、インドにおけるヤクシャの造形というテーマに関心を持ち、これまで調査・研究を進めてきた。申請者の研究は、ヤクシャ像の現存作例に基づき、宗教実践の場である寺院において如何にヤクシャが造形されたかを明らかにすることを目的とする。これまでの研究で、特に南インド、2■4世紀のアーンドラ地方の仏教美術では、その造形は守門像のような古代の丸彫神像の造形伝統によるものではなく、主に短躯肥満の小人型(ガナ)像という、クベーラなどの大将クラスのヤクシャに従う脊郁-33-
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