鹿島美術研究 年報第20号
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う新たな観点を導き出すことにより、「和装」という我が国固有の図像の形成をめぐる具体的な様相を復元的に考察できる点にその意義があるものと考える。併せて、「平家納経」のうち「涌出品」「観普賢経」見返絵の分析から我が国に於ける女神信仰と仏教美術との関わりという問題が導き出される。「平家納経」が我が国に於ける仏教美術の根幹の一つをなした法華経美術を代表する作品であることを鑑みる時、この問題は、仏教美術のみならず、従来の神道美術の研究にもより大きな広がりと新しい地平を与えるものとなろう。また「扇面法華経冊子」表紙絵については、その信仰の場である四天王寺における舎利信仰との関わり等がその図像形成に与えた影響が考察される。さらに「扇面法華経冊子」表紙絵の十羅刹女の図像は「平家納経」のうち先の2巻にとどまらず、「序品」「厳王品」やさらには、現存最古の和装の「普賢十羅刹女像」である東京・個人蔵本にも継承されている。このような図像の継承関係の分析は、「扇面法華経冊子」を遡る和装十羅刹女図像の初発時の様相を解明する端緒ともなるだろう。最後に「和装」という我が国独自の図像形成に具体相を指摘することにより、日中関係を中心に観た東アジア美術史の中において、特に仏教絵画の我が国における「和様化」の問題に関して新たな視点を提供し得るものと考える。併せて、「和様化」という現象が絵画の世界の中だけで完結するものではなく、顕密仏教との関わり、さらには神仏の習合といった我が国固有の思想上の背景を有することを造形作品の分析から指摘できることも重要であろう。以上で述べたように、本研究は、和装十羅刹女図像の形成過程の分析を通じて、法華経美術、神道美術(垂迦美術)、美術の「和様化」の問題等、従来の仏教美術史研究の争点に新たな論点を付与するものとなることが期待される。④ ヤン・ファン・エイクにおける「描かれた画枠」に関する研究研究者:山梨大学教育人間科学部講師寺門臨太郎この研究では、ヤン・ファン・エイクの肖像画と一部の個人用祈念画をモティーフにして、画家としての彼を取り巻く社会的な環境が、作品を構成する素材、技法、題、形式などあらゆる要素の成立に不可分のものとしてかかわっていたことを改めて輪郭づけようとする。そして、そのことは、彼の制作した作品が、ある規定された環-35 -

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