―17世紀オランダ風俗画の継承と発展—⑭ ウィレム・ファン・ミーリス(1662-1747)の店舗画研究者:東北大学大学院国際文化研究科博士課程後期青野純子17世紀オランダ美術はいかにして「衰退」し、「変容」したのか。近年の研究動向のなかで、本研究が立脚するのは、17世紀最盛期の美術を近視眼的に捉えてきた観点を見直す立場、すなわち、17世紀末以降の芸術を「衰退期」として一蹴するのでなく、そこに新たな価値と位置づけを積極的に見出す視点である。ここで扱う17世紀末から18世紀はじめという時期は、従来、古典主義の隆盛によって17世紀盛期オランダ美術が一掃された時代として捉えられてきた。が、本研究では、17世紀盛期オランダ美術をはじめて「過去」として認識し受容した時代、として分析する。つまり、「黄金の世紀」のオランダ絵画の伝統が「断絶」した側面ではなく、それを積極的に「継承」し、「発展」させようとした側面に着目するのである。特に本研究の意義は、こうした時代の特徴の分析を、18世紀はじめの絵画制作と理論、すなわち、ウィレム・ファン・ミーリスという画家の作品制作と18世紀はじめの絵画理論・批評の両方において行う点である。ウィレム・ファン・ミーリスは、ダウや父フランス・ファン・ミーリスなどを手本に、その17世紀レイデン精緻画派の絵画伝統を利用して成功を収めた画家であった。一方、当時の絵画をめぐる議論、例えば、ヘラルト・デ・ライレッセの絵画論、ヨハン・ファン・ホールとヤン・フートによる17抵紀と18世紀美術比較論などでは、最盛期には語られなかった17世紀オランダ美術の特徴が定義されはじめる。近年の研究では、こうした定義をもとに17世紀オランダ美術を見直す傾向も見られるが、18世紀はじめの画家の作品制作と関連づけた研究はいまだ見られない。ここでは、ウィレム・ファン・ミーリスの店舗画が、いみじくも当時の批評で17世紀風俗画を指す「当世風」という表現で記述されたことに注目し、それにより、絵画制作と理論とが複雑に絡み合って題材の選択を促した状況を明らかにし、この過渡期の美術の特質に迫る。さらに、17世紀から18世紀へと継承された絵画伝統の分析を通して、「遡る」視点で、17世紀風俗画の特質を浮き彫りにする。また、本研究の価値として特筆すべきは、未だ作家研究のないウィレム・ファン・ミーリスを本格的に研究対象として取り上げることである。とくに店舗画作品の基本的なデータを調査収集し、カタログを制作し、18世紀コレクションの一部を再構成す-45 -
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