流れとシャガールとの影響関係を考察することで、モダニズムの美術の潮流にシャガールを位置づけるという、これまでのシャガール研究では試みられなかった新しいアプローチを提示するものとして意義がある。この研究の成果をバレエ「アレコ」の背景画を核に据えた「アメリカ時代のシャガール」展という展覧会で形にしたい。その展覧会でアメリカ時代の作品を総体的に展観することで、この時代のシャガール作品の特徴的なものがよりはっきりと浮かび上がってくるだろう。そして次の段階としては、シャガールと同じように第二次世界大戦中にヨーロッパから亡命した数々の他のアーティストたちの活動へと目を向けたい。アメリカという地が彼らの制作活動に与えた影響はいかなるものであったか。シャガールとはどのような違いがあるのだろうか。このような研究を通して、アーティストにとって生まれた土地や滞在した土地というのは、その活動にどのような影響をあたえるか、また、その中でシャガールに特異性があるとしたら、それは具体的にどのようなものか、考察を発展させていきたい。⑮ 奈良時代貴顕の阿弥陀信仰とその造仏研究者:早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程中野これまで奈良時代の阿弥陀如来像についてはほとんど注目されてこなかった。その理由は現存作例が少ないことに起因すると思われるが、さらに仏教史学の分野においては井上光貞氏が主張したように奈良時代の阿弥陀信仰は他者の追善のみに終始する土俗的な信仰に過ぎなかったとする見方が学会の大勢を占めていたため、美術史学でもこれにより当時の阿弥陀如来像は追善的な事情にのみよってつくられたという的な認識の域を出ず、そのためそれ以上の発展性のある研究が困難な状況になったのではなかろうか。しかし既に私が「奈良時代の数珠と阿弥陀信仰」(添付)のなかで論じたように、当時の阿弥陀信仰は他者の追善だけではなく、祈る者自身の浄土往生を願う性格をも有していたと思われる。そうすると奈良時代の阿弥陀如来像についても当然のことながら、他者の追善を目的とする造像ばかりではなく、後世の平安貴族のように自己の浄土往生を願い制作された可能性も考えられる。そこでかかる可能性を考察する際、奈良時代の現存作例に多い『陀羅尼集経』様阿弥陀如来像の造立事情の検討はまず試みるべき重要課題であるといえよう。聰61
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